百姓日記


団粒状構造

 昨日 秋冬の葉物野菜5回目の播種をし終えて最後にするつもりだったのですが、収穫の始まった1発目2発目の作柄が余り良くなくて、保険の意味もあり別の畑にも播種しておくことにしました。

りんもく舎の畑は殆どが家から徒歩圏内にあるのですが、一枚だけ車で5分強の所にもあります。この畑は元々田んぼでした。いまの家に引っ越してくる前に初めて借りた田んぼで、最初はお米を育てていました。

いまの家を買って、近所で田畑を借りれるようになり、返却することも考えたのですが、なにぶん初めての農地だったこともあり愛着があったので畑として使い続けています。

とうもろこしをメインに南瓜を植えていて、そのメインのとうもろこしはお盆過ぎには終了していて、畑は放置状態にしています。

ハンマーナイフでとうもろこし&雑草を砕いて置いておいたのですが、その枯れ草を退かして植え溝を作りました。五本爪の鍬を入れていると、なんだか土の状態がすごく良いのです❗

しっかりと団粒状構造が出来ていて、部分的に糸状菌の菌糸がびっしりと張っていました。

さすが!十年自然栽培を続けてきた畑だな。と御満悦です。ここで育つ葉物野菜はどんな風になるのか?楽しみです。

秋葉物

 朝晩はすっかり秋めいてきて肌寒いくらいです。

今日は秋冬用葉物野菜の最終播種をしました。8月22日に1発目を播種してから5回目です。

一発目は数日前から収穫が始まったのですが、初期に高温と渇水の影響からか、やたらと虫食いが酷いです。(視たくないレベル)

一発目の白菜もかなり大きくなってきましたが例年に比べて虫食いが多く出ています。キャベツやブロッコリーなどは初作付の畑だったので様子がわからなくて、結局 肥料不足で外葉が大きくなりきれていません。

完全に秋冬野菜は失敗しています。

農家歴10年。結構いろいろ判ってきた気分でいましたが、まだまだ未熟者でした。

農の世界は奥深いです。でも、まぁ、すべてが上手く出来ていたら農業に興味を失ってしまいそうですし『次は頑張ろう』くらいで丁度良いのかも知れません。

運動会

 土曜日は長男の保育園で運動会がありました。新型コロナの影響で内容を大幅に縮小した上、親族の観戦も2人までと制限されたなかで行われました。

曇り空の下 肌寒いくらいの気温で、次男を胸に抱きホッカイロかわりにしながら観戦。息子の成長を感じ、子供たちのキャッキャとはしゃぐ声に元気をもらいました。

運動会のあとは、急遽 海まで遊びに行くことにしました。

防波堤でコアジを釣り、砂浜で子供たちを放牧。肌寒かった信濃町とはうって変わり西日が暑かったです。

なんだか内容の濃い一日になりました。

倒れた稲

 例年よりも少しはやい感じで周辺農家さんの稲刈りが始まりました。今年は初夏に日照がかなり足りていなくて、不作になるのではないか?と心配していました。が、梅雨明け後の晴天高温のお陰か、いつもよりも豊作な感じです。

ただいつも以上に稲が倒伏している田んぼを多くみかけます。

日照不足で根張りが弱わくとちょう気味だった所で急に晴天が続き、穂に実が多く付きすぎた結果、稲がひっ転んでしまったのではないかな?と考えています。

稲にとって籾は自分の子供です。自力で子供(未来への種)を支えきれないほど実をつけてしまうことが生き物としておかしいことだとは、誰も気がついていません。そんな風になるまで稲に無理をさせていることに、誰も気がついていません。

りんもく舎の稲はどんなことがあっても絶対に転びません。じぶんで張った根が支えられる分の籾しかつけません。大切な大切な子供を土や水に浸けることなんて、絶対にありません。

それは僕とお米がいちばん大切にしている部分です。

 

田んぼの魚

 図書館で借りてきた『川』と言う絵本を長男と一緒に読みました。

内容は、山に降った雨水が集まり源流が始まって 渓流→上流→里川→(ちょっと寄り道して、池、沼、湖、用水路)→中流→下流→河口 と川(水)の一生とそこに住む生き物を場面ごとに描いた絵本になります。

そのひとつの場面に『田んぼ』がありました。そこにはカエルやミズスマシ、タニシなどと一緒に、鮒の子供やドジョウ、メダカ、鯰の稚魚などの魚が描かれていました。

それを見た息子に『お父ちゃんの田んぼにも魚は居る?』と聞かれました。

『魚は居ないよ。』と、言うと

『なんで?』と聞き返してきます。

『いまの田んぼは、川と繋がっていないから魚はやって来れないんだ。それに用水路はコンクリートでガチガチに固められているし、農薬や除草剤も流れ込んでいるからね。』と、僕が答えると

息子は、淋しそうな顔で『そっか』と言いました。

区画整理した田んぼは農機を使うには便利です。コンクリートで固められた用水路は、維持管理がとても楽になりました。その代わり川と田んぼの往き来はなくなりました。田んぼに住んでいたたくさんの命は何処に行ったのでしょうか?

効率化と利便性を追及する事が悪いとは言えません。でも、なにかを得れば、なにかを失うのだと思います。田んぼは命が循環する場所から、ただ稲を育てる場所になってしまいました。

なんか、寂しいなぁと思ってしまうのは僕だけなのでしょうか?

43歳変態

 自然農 有機草生栽培など マニアックな農業をしているので、りんもく舎の畑には結構お客さんが来られます。特に今年は多かったです。

おもしろいのが農業畑以外の人の来訪が多いこと。感覚を大事にする農法なので、感覚を大切にする人たちが集まってきます。ありがたい。

今日 初めて出会った人は26歳の男前カメラマン。知り合いの紹介で出会いました。

26歳って、若いなぁ。

でも、若さに羨ましさは感じません。(嘘。正直言うと、感じたくありません。)

時の流れが誰にとっても平等なように、年齢は誰にとっても平等です。43歳の僕にも26歳の時はありました。26歳の彼もいつかは43歳になります。

若さに羨むのは、自分の26歳を否定する事だと僕は思っています。26歳を通り抜けて今の43歳の僕が居ます。

僕の好きなバンドの歌詞にこんなフレーズがあります。『悔いのない生き方は、後悔の繰り返し』

今26歳に戻れたら『あんな事が出来るのに』『そんな事がやれるのに』そう思わない事もないです。でも、26歳の僕には、あんな事もそんな事も 出来ませんでした。出来なかった日々を乗り越えて、今があります。

 

畑の土をいじりながら『この菌糸、すげーよね。きれいだよね。』って瞳孔が開いている僕に、26歳の彼が言いました。

『変態ですね。』って

変態になれるくらい大好きなものが見つけられた43歳。それはそんなに悪くないな。って、僕は思っています。

剪定技術

 農家にとっての技術ってなんだろう?と普段から思っています。農業技術って、そんなにないように思います。慣行栽培なら施肥や農薬散布に技術がある。とは思いますが、有機栽培の場合は知識と経験と想像力が殆どで、これぞ技術だ❗って思う場面は少ないです。

まぁ、知識と経験と想像力の総合が技術なのかも知れませんが…

そんな中、これは技術だなぁと思うものに『剪定』があります。

農業を10年やっていますが『剪定って、すごく重要なのではないか?』と気がつき始めたのがやっと昨年。それで今年は果菜類 特にナス科野菜の剪定にこだわってみました。

まだ、全然剪定初心者なのですが、やはり剪定はかなり重要なのだと手応えを感じています。

剪定をするタイミング、頻度、樹形 などなど。かなり奥深い感じがしています。

農業は単純なようで底が深い。本当におもしろいなぁと再確認している今日この頃です。

ラジオ

 農家さんの多くは仕事中にラジオを聴いています。その方が孤独感が薄れたり、気が紛れたり、時間の進みが早かったり、お昼や休憩時間が判りやすかったりするからなのかな?

僕は野良仕事中にラジオを聴きません。雑音や紛らわしを必要としていないからです。あと なんとなく、野菜に失礼な気もしますしね。静かに、目の前の事に集中していると自分と世界の境界線が曖昧になってきて楽しいです。

調子や気分が良いとき&疲労がピークでナチュラルハイになっている時、結構よく唄を歌っています。パンク好きなので畑で頭を振ったりもしています(笑)。

野菜たちは『うっせーなぁ』と思っているのかも知れませんけどね。

播種定植

 先日の台風が抜けたあと、やっと秋らしい気候になってきました。朝晩は肌寒いくらいです。夕暮れも6時30分頃になり、季節の移ろいの早さにびっくりしています。

秋冬用葉物野菜の種(4回目)を昨日蒔きました。今秋は高温+小雨の影響で一発目の葉物の調子が悪いです。二発目以降、順調に育って欲しいです。

これで残りの播種は、五回目の葉物野菜、漬け菜(野沢菜)、越冬葉物(のらぼう菜、コウサイタイ) と にんにく。それから育苗中の玉ねぎ苗の定植で終了です。あっ、あと緑肥用の麦もあるな。

播種、定植が終われば稲刈りがスタートします。

少量多品目栽培で農家をしていると三月のキャベツ育苗から始まって、ずっとずっとなにかしらの仕事を追いかけながらの日々が続きます。頭が休まる時がなくてたいへんですけれど、パキパキにフル回転しているのが好きな鈴木には合っています。

しかし、農家暦でも一年はあっという間ですね。

肥料と雑草

 田んぼの稲が穂を垂れて黄色く色付いて来ました。今月末には早生のもち米から稲刈りを始めたいと思っています。

今シーズンは田んぼの除草は2回しか入りませんでした。それなのに雑草は余り生えていません。アメリカセンダン草がちらほら見えるくらいです。田んぼをやり始めた当初は、5回くらい除草をしていました。

回数が減ったのに雑草が少なくなった理由は『肥料を入れない』からではないかな?と考えています。余分な栄養が雑草の発芽のスイッチになっている。ように感じます。

お米は元々そんなに肥料を必要としない作物ですし、常時水を張っているので、なにもしなくても山水に溶けた栄養が供給されます。

りんもく舎の田んぼの収穫量は、だいたい6俵前後です。ここら辺の慣行栽培田での収穫量は平均7~8俵なので、無肥料で6俵採れれば御の字です。過栄養ではないので病気や虫害も起きません。

こう言う体験をすると『慣行栽培ってなんなのだろう?』と思ってしまいます。

たくさん採ろうとして肥料を入れる。その影響で雑草がたくさん生え、それを防ぐために除草剤を入れる。過剰な栄養は根張りを弱めるから倒伏や病虫害に遇いやすくなる。だから、農薬が必要になる。除草剤や農薬は土を殺す。土を殺すから更に肥料が必要になる。

堂々巡り。

なんか?方向を間違えてないか?

と、思ってしまいます。

たくさん欲しがらなくてもいい。太陽と土と水が与えてくれる分だけでいい。そしたら、自然はずっとずっと与えてくれる。僕は、そう思うのだけれどなぁ。

白菜

 夕暮れ時に雷と共に降りだした雨☔。明け方まで続いた久しぶりのまとまった雨。

夜明けに散歩がてら畑を見回っていると野菜たちもホッと一息ついています。本当に厳しい環境だったから良かった。

一発目の白菜が葉っぱを大きく広げています。たくさん水を吸ってドンドン大きくなってほしいです。

二発目の白菜は、いんげん豆の跡地に一発目の2週間遅れで定植しました。こちらは自然発芽したいんげん豆の絨毯に覆われて、ちょっと困った感じです。はやめに、いんげん豆を刈ってあげないといけません。

しかし、自然発芽した新芽の溌剌とした美しさには、いつも目を奪われます。人の意思を介さない、じぶんの足で立っている強さがあります。

そこにたくさんのヒントが隠されているのは判るのですが、僕が受け取れるかは、また、別の問題。

 

天候不順

 このブログには天気の話がたくさん出てきます。それくらい農業と天候は切っても切れない関係にあります。

今年の天候は『極悪』の一言に尽きます。

5~6月は高温、渇水。7月は長雨で日照不足。8月になり一転して高温、渇水。9月に入った現在も雨がなく、気温は高止まり。

成長するべき時に成長出来なかった夏野菜たちは既にバテバテです。播種、定植した秋冬野菜は、水不足と高温にやられて大きくなってきません。

本当にこの先どうなるのでしょう。

こんな天候の年が続いたら農家は生きていけません。コンビニのレジ打ちでもやりますか(苦笑)。

弱ってきてます。

 初夏から採れ出す野菜たち、きゅうりとかズッキーニ、いんげんなどが終わり、野菜セットのラインナップが心細くなってきています。

加えて、本来ならまだまだ盛期のはずのオクラやなすの調子がよくありません。今年は晩夏がズルズルと延び、気温が高い状態なので高温性の夏野菜は長持ちするのでは?と思っていたのですが…

りんもく舎の野菜たちは、肥料を極力少なくして育てているので初期生育は遅い反面、他の畑の夏野菜が終わったあともジリジリと頑張ってくれる特徴があります。なすなどは例年ビックリされるくらい遅くまで採れます。

でも、今年はもうバテバテ。

おそらくなんですが、身体を育てる時期(栄養成長期)に雨天曇天が続いた事で例年に比べて根っこをしっかりとは張れなかったからではないのかな?と考えています。文字通り『根性』がないのです。

更に悪いことに、梅雨明け以降 殆ど雨が降らなかった事も影響しているのだと思います。春の渇水、梅雨の長雨、夏の渇水と本当に極端過ぎる天候が、ボディブローのように効いているのでしょう。

農家の住みにくい国になりました。

秋冬用の葉っぱ野菜たちもまったく元気がありません。高温で雨が少なかった影響で成育が極端に遅く、酷環境でも育つ雑草に負けまくっています。順調に育っていないので野菜自体が貧弱で虫食いも多く出ています。

本当に農家の生きていけない天候です。

秋に売る野菜はあるのかなぁ…南無

 

脱出

 先週月曜日の夕方に田んぼでスタックしたトラクター。翌日、自力での脱出を試みるも汗と泥にまみれただけの無駄骨。仕方がなく農機具屋さんに引き揚げの依頼をしたものの『ちょっとウチでは無理ですね。』と断られました。

木曜日に近所の土建屋さんにお願いに行く。で今日まで待ってみたのに連絡もなし💢。ダメならダメではやめに連絡してくれないとこちらも他の対応に移れないじゃないか。と怒り。

で、結局 過去に何度かお世話になった信頼のおける土建屋さん(ちょっと遠い)の社長さんに連絡をしました。

速攻で折り返しの連絡を貰い、すぐに現場確認に来てもらいました。『午後イチからやりましょう。』と言われ、ショベルカーを持ってきてもらいトラクターの前後タイヤを片輪づつ持ち上げて足板を差し込んで、ものの30分で無事に脱出‼️

感謝、感謝です。

一方では連絡すら寄越さない会社があり、一方では迅速丁寧な対応をして下さる会社がある。信頼感って、こう言う事なんだな。と改めて思いました。

僕も小なりとは言え個人事業主です。お客さんや取引先からの信頼を得るために精一杯、誠実に頑張らなければな。って思った本日の脱出劇でした。

自然発芽スイカ

 畑から出たモノは極力また畑に戻したいと思っています。なので枝豆の茎葉や売り物にならない曲がったきゅうりや虫食いのなすなどを、ドンドンと敷き草の上に戻していきます。

そんな風に畑に戻した野菜の種が、翌年 自然に発芽をすることがあります。生命力の強いトマトなどは畑一面にドッと芽吹いたりします。大豆や枝豆、いんげん豆などの豆科野菜。カボチャやきゅうり、スイカなどのウリ科野菜も自然発芽をしやすくて、畑のあちらこちらでピョッコリと顔を出します。

自然発芽の野菜たちは、じぶんのちからで必死に芽吹く姿がなんとなく愛しくて、栽培している野菜の邪魔にならない限りそのまま放置してしまいます。(蔓性のウリは結構邪魔にはなるのだけれど…)

そんな自然発芽の野菜たちを収穫して食べないのか?と言うと、食べれない事もないのだけれど、売り物には出来ません。

どうしてか?と言うと、F1種は形質が既に親とは違うし、固定種にしてもウリ科やなす科の野菜は、同系統他品種と交雑している可能性があるからです。交雑した野菜は、味や見た目、食味にムラが出てしまい安定した形質ではなくなります。

とんでもなく美味しい可能性がある反面、とんでもなく不味い可能性もあります。さすがに、商売としてはそんなムラのある野菜を売る事はできません。

 今年なすを育てている畝から自然発芽のスイカが芽吹いていました。何株か順調に大きくなり、実をつけました。そのなかなから一番大きくなった玉を収穫して、シャレで食べてみることにしました。

果皮の色は薄く、縦縞も見えるか見えないかくらいの濃度。大きさは大ぶりの小玉サイズ。包丁を入れると果肉は真っ赤で収穫のタイミングはバッチリでした。

味は、と言うと。

めちゃくちゃおいしかったです。濃厚な甘味にシャリシャリした食感、香しい西瓜の薫り。かなりレベルの高いスイカでした。このまま品種として確立したいくらいの品質です。

が、両親が誰だか判らないので無理です。

畑にある残り数玉の自然発芽スイカたち。それぞれがどんな味に育っているのか?なんだか楽しみになってきました。

がんばっているのだけれど

 先日、田んぼでスタックしたトラクターの引き上げを農機具屋に頼みました。『現状確認してみます。』との事。で、昨夕、電話があったのですが『鈴木さん、アレちょっとウチでは出せないね~。』と言われました。

トラクターの角度が悪いのと車体下部が地面に接していて、なかなか厳しい状況のようでした。…辛い。

どうすりゃいいのか判らない出来事がきっかけで夏の疲れと相まって、なんだか精神的に参ってきました。『俺、精一杯がんばっているのだけれどなぁ』『頑張れば頑張るほど、空回りしちゃうなぁ』って、鬱々しちゃいます。

そんな気持ちで野菜の梱包をしていると、古くからのお客さんの紹介で初めて送った方から『子供にトマトをあげたら笑顔でパクパク食べておかわりを頼まれました。私は感動しました。』とメールがきました。

弱った心には、涙が出そうなくらいのありがたい言葉でした。

自然のなかで無理をさせず太陽と水が育てた野菜の味を、ちゃんと判ってくれるお客さんが居る。本当にありがたいことです。まだ、心のなかは鬱々としているけれど、僕も前を向いて頑張らなきゃね。

台風の余波で強い風が吹くなかでキャベツの畝の草取りをしました。初めて作付する畑で状況が判らず手探りでの栽培です。キャベツは思いの外ちいさくて、ちゃんと育ってくれるのか?心配です。

スタック

 仕事と言うものはイレギュラーな事が起きるものです。そんな事は織り込み済みなのですが、今回はキツかった。

昨日の夕方、田んぼの外縁部分の雑草がかなり大きくなっていたので、トラクターで耕起除草をしていました。三枚ある田んぼのうち、二枚は順調に終わったのですが、三枚目を起こしている最中に泥にはまってしまいました。

なんとか抜け出そうとギア操作をして前後に揺さぶっていたら、泥がえぐれて車体下部が土に乗り上げて、完璧に身動きがとれなくなってしまいました。

『あかんわぁ。明日なんとかしよ。』

と、家に帰りました。

翌日(今日)出荷作業を終えてから脱出に取り掛かりました。スコップで泥を掻き出し、ラダー(農機を軽トラに載せる為の足場)をタイヤに差し込んで、チャレンジしましたがまったく動きません。

足場の悪い田んぼのなかで、重い泥と格闘して、泥だらけ汗まみれです。家に帰り倉庫建築用の砂利を持っていき、タイヤの前後に敷き詰めました。

再チャレンジ。

あきません。まったく動きません。むしろ、トラクターは深みにはまってしまいました。

結局、農機具屋に電話して助けに来てもらう段取りをしました。なんとか無事に脱け出せると良いのですが…

ホント、無駄骨でした。南無

 

誕生日

 30日は奥さんの誕生日でした。こだわりの強い奥さんは、趣味に合わないものはまったく欲しいと思わない質の人です。なのでサプライズプレゼントなんかは全然望んでいません。

それでも、折角の誕生日なのだから、なにかしてあげたいなぁと思い、僕一人で子供達を連れてお出かけする事にしました。幼子を持つお母さんが一番欲しい、ひとりでゆっくり出来る時間のプレゼントです。

向かう先は動物園。

動物を観て、お弁当を食べて、遊具で遊んで、それから近くの公園に移動しました。夏の30℃を越える日差しの下では、殆ど人気がありません。僕は木陰に逃げ込んで、遊ぶ子供達を眺めていました。

しかし、暑い。

子供達の体調が心配です。結局、近くにあった噴水池に子供達を浸けて遊ばせる事にしました。

ケーキを買って帰り、夜は温泉に行き、中華料理を食べて、奥さん兼お母さんの誕生日をお祝いしました。

晩夏初秋

 日中はまだまだ暑くて晩夏なのですが、朝晩は涼しく初秋の気配が漂っています。僕がこの信濃町に引っ越してきた10年前は、お盆が過ぎればもう完璧に秋だったのですが(お盆に炬燵を出してた記憶があります。)…気候がワケわからなくなっているのですね。

変な気候のなか畑の方は、ちゃんと秋に向けて進んでいます。一発目のきゅうりは殆ど枯れて、ズッキーニやとうもろこしは終わりました。収穫に手間がかかるいんげん豆も終盤になり、サラっと収穫が済みます。代わりにオクラやなすは、ドンドンと採れてたいへんなんですけどね。

例年よりも早目に定植した白菜が、高温降雨なしの厳しい環境のなか、それでも葉っぱを広げて大きくなろうとしています。このまま順調に育ってほしいものです。

庭師の王様

 週に一度、知り合いが畑の手伝いに来てくれています。持続可能な社会に興味があり、その流れで有機農業にも興味があるようです。

主に雑草の草取りをお願いしています。面倒で大変で地味な作業ですが、農業の本質を知るには良いと僕は思っています。『想像だけの理想と汗をかく地味な現実』を見て、体験して、感じて貰いたいな。と思っています。

そんな彼女と一緒に畑を見ていた時、『一株づつ刈った草を敷いたり、米ぬかを振ったりするのは大変じゃない?』と聞かれました。

正直、たいへんです。

でも、お母さんが赤ちゃんのオシメを毎度毎度 換えるのもたいへんです。だからと言って面倒臭がり放置したりはしません。

僕にとって野菜たちは、親が子供を愛する気持ちとおなじなんです。ちょっとでも良い環境を与えてあげたいと思うものです。

 ちょうど今日、その地味で大変な草敷きの仕事をしていました。野良仕事(野を良くする仕事)をしながらフト視線をあげると“畑がめちゃきれい”なんです。野菜たちも喜んでいます。

『きれいだなぁ』『うつくしいなぁ』と思いながら、『ここは僕の王国なんだな。』と思いました。

そうです。僕は王国の王様なのです。

王様兼庭師なのです。

うつくしいと思える場所を育てる、それが僕の仕事で。『なんて素敵な仕事だろう。』って、思えた一日でした。