百姓日記


始動

 三月とは思えない暖かで安定した気温の毎日です。去年12月頃からずっも季節が一月前倒しになったような天候です。なんだか不安な気分になります。

先週は友人と義父に手伝ってもらってハウスの天幕を張りました。屋根が出来たので、早速ボカシ(有機物を発酵させた堆肥)を仕込み、春作用のキャベツやレタス類の育苗をしました。

雪下野菜を育てていた畑をトラクターで起こして、緑肥(有機物量の多い植物を育ててから畑に鋤き込んで肥料にします。)用の麦を蒔きました。それからハウス内に自家用の葉物野菜を蒔き、路地に出荷用の葉物野菜を播種しました。

暖かな気候と共に、一気に農家モードに突入です。

手紙とか写真とか

 家の改装で一階にあった荷物を二階に運んでいました。改装が済み荷物を戻すついでに流行りの断捨離(笑)を決行しています。

たくさんある昔の手紙や写真や旅日記を取捨選択しながらスリムにする。10冊弱ある海外旅最中の日記は、表紙を見ただけでお腹いっぱい。中身を見てもないのに恥ずかしさが込み上げてきました。『読むには、まだはやい。』です。あと数十年経って、酸いも甘いも噛み締めた後。余生の楽しみに と、再び段ボールのなかへ戻しました。

次に、手を伸ばしたのは『手紙』

当時の友人からのものもあれば、誰だこれ?な人からの手紙もあり、元恋人からの読むのが恐ろしくて手がつけられないモノなど…全部を開けて再読するには、まだ生々しい感じです。

そーか、人の記憶は10数年(古いもので25年前)では石化しないのですね。女の人の場合は過去の関係はキレイサッパリ消去するみたいですが、女々しいぼくは数十年後の赤面用に半分くらいを残しました。

年代別にバラバラになった写真は、かなり勢いよく廃棄。風景とか、本当にどうでもいい。18歳から十数年 旅をしていた影響もあって、写真の数はかなりあります。そして、当たり前だけれど昔のじぶんは若い❗です。ひさしぶりにたくさんの記憶のなかの人達と写真を通して再会をしました。

人生でひとはどれくらいの出会いをするのでしょうか?どれくらいのひとと会話を交わすのでしょうか?これまでで500人くらいかな?1000人くらいかな?そのなかでいまも交流を持っているひとは、本当にほんの一握りです。殆どのひととは、もう会うことはありません。

みんな、なにしてるのかなぁ?

元気にしているのかなぁ?

そんな事を思いました。『一期一会』って、本当なんですね。歳をとって、言葉の意味に気がつく今日この頃です。

 

魚釣り

 暖かい日が続いています。三月いっぱいはゆっくりしようと思っていたのだけれど、地面が見えちゃうとソワソワして、少しずつ野良仕事を進めています。

トラクターのエンジンオイルとギアオイルを交換して、雪下用野菜を植えていた畑をトラクターで起こしました。緑肥用の麦を蒔く準備をしました。

一昨日は午後から海釣りへ。

2時過ぎに海について防波堤から投げサビキ。幸先良く一投目から尺(30㎝)上の鰺が釣れました。その後も一投一釣のペースで同サイズの良い鰺が釣れました。時々、鯖と鰯も混じります。

都合三時間で鰺30匹くらい。鯖5匹、鰯10匹釣れました❗楽しい。

たくさん釣れて楽しんだあとは、後処理がたいへんです。鱗を落とし、三枚に下ろし、鯵は刺身と干物に。鯖は味噌煮にして、鰯はツミレ汁にしました。

また、行きたいなぁ。

雪融け

 例年よりも三週間ほどはやく雪融けとなりました。10年前にここ信濃町に引っ越してきた頃は、だいたい4月頭に田畑の土が見える。感じだったのですけどね。年々、春の訪れがはやくなっている感じです。

冬のあいだに終わらせたい仕事を一覧表にして書き出しているのですが、まだだいぶ残っています。確定申告も済んでいないし…ヤバイなぁ。

地面の出た畑を犬の散歩がてら見回っています。『ココはなにを植えようか?』そんな事を考えながら、ワクワクしています。さーて、今シーズンはどんな一年になるでしょうか。

百姓建築 収支

 1月からスタートしていた二部屋分の改装がほぼ終了しました。改装箇所は、押し入れ、床の間の撤去。床下断熱。壁の改修(漆喰orパネリング)、フローリング新設と畳の更新。そんなところです。

ぼくが農業を始めた切っ掛けは『そろそろ資本主義も行き詰まるなぁ』と感じていたからです。全うに考えて、有限なこの地球で『膨らみ続けなければ幸せになれないシステム』が永続するなどと思うことこそが、まぁ、幻想だよね。と

お金の価値が徐々に下がり続ける未来は簡単に想像がつきました。その下落速度にぼくの稼ぎが追い付けるのか?甚だ疑問でした。お金を稼ぐ能力がある人は、その方向で戦えばいい。ただ、僕には、その才能はない。だったらたくさんお金を使わなくても生きていける能力を得たい。と思った訳です。

食べ物を買う代わりに、食べ物を育てる。その先に農家と言う生き方がありました。外部からの仕入れが途切れても影響の少ない自然農を選択したのもおなじ考えの先にありました。『食っていれば、とりあえずは死なない。』生活の基本を押さえて、一安心。ただ、それだけじゃ心許ない。生きるための知恵は、どれだけあっても困ることはありません。

百姓とは、百の姓(せい)を持つ人のこと。姓とは、つまり職業のことなのです。農のスペシャリストが農家ならば、ぼくは生活のゼネラリスト 百姓を目指しているのです。なんでもじぶんで出来る人になりたいのです。インターネットで仕入れる表面的な知識ではなく、生活に根ざした知恵を手に入れたいのです。

二部屋分の改装にのべ2週間程度の労働と資材費に20万くらいがかかりました。これをプロに依頼していたら、おそらく60~70万の仕事になります。その差額が現金化されないぼくの報酬になります。外貨を稼がなくても、稼いでいるのとおなじことなのです。

勿論、プロのようにきれいな仕事ではありません。歪みや隙間もあります。その代わりじぶんの住む家の構造を知れました。漆喰を塗る技を手に入れました。たくさんの失敗や遠回りを経験することができました。そのすべてが全部、ぼくの物になるのです。

使えばなくなるお金。永遠に使える知恵。どっちがお得でしょう?

ぼくにお金を稼ぐ才能はないから代わりにじぶんのなかに地層のように知恵を積もらせていきたいなぁ。と思っています。

 

研修旅行3 那智勝浦、伊勢神宮

 紀伊半島先端の潮岬で重く力強い黒潮の地球の脈動を感じてから那智勝浦へ。滝の手前で車を停めて、熊野古道を数㎞歩いて那智大社へ。境内にある大楠の木に小宇宙を感じ、那智の滝にパワーをいただきました。

途中から降りだした雨のなか宿泊地の伊勢に到着。スマホで調べた料理屋へ。地物の魚料理が中心で、どれもこれも魚の個性が生きていて旨い‼️近頃は何処に行ってもどこでも食べられる様な地域色のない料理が多いけれど、大満足の感激レベルの食事になりました。

翌日は伊勢神宮の外宮と内宮をまわりました。コロナ禍の影響でどこも人手が少なく、雨上がりのしっとりと濡れた神聖な雰囲気のなか、きもちのよい空気を胸いっぱい吸い込みました。

人と会う喜びと刺激を受け、土の上で眠り、地球の鼓動を感じ、神聖な空気に包まれる。なんだか、出来すぎな旅行になりました。

黒姫に近付くにつれて空気の味が懐かしいものへとかわっていきます。犬たちもだんだんと元気になっていきました。

はやく土に触りたい。

研修旅行2 紀伊半島

 三泊居た淡路島を後にして、次の旅先 紀伊半島へ向かいました。天気は快晴❗気持ちいい。南紀白浜までは高速を繋いで走り、その先は海沿いの国道を行きます。夕暮れ時、人里離れた道路脇にいい感じの場所を見つけてゲリラキャンプ。

ゴロタの浜で焚き木を広い、石積で竈を作り焚き火。買ってきた干物やピザや餅を焼きながらお酒を飲みました。波の音と満点の星、少し肌寒く、火にあたる頬が熱い。最高じゃぁないか。

夜半、磯で夜釣りをしていた人が戻ってくる気配に文太(秋田犬)が反応して唸り声。間髪を入れずに黒豆(ボーダーコリー)が呼応。二匹で並んで防御線を張ります。なんだか人間ふたりと犬二匹がおなじ群になったような。そんな不思議な時間を過ごせました。

旅の疲れを抱きながら波の音と犬の息づかいを感じながら深く深く眠りにつきました。

研修旅行1 淡路島

 雪下野菜の出荷が終わり春作準備が始まる前の時間を使って、西の方へ五泊六日の研修(名目)旅行に行ってきました。お供は黒豆(犬)と友人有機農家とその飼い犬(文太)。軽自動車でふたり+2匹の凹凸珍道中です。

最初の目的地は淡路島。

途中途中のSA.PAで犬の運動をさせながら向かったので丸8時間かかりました。親友兼師匠と二年半ぶりの再会。生まれてから一度も会えていなかった長男君や奥さん&娘さんふたりにも会えて嬉しい気持ちで満たされました。

親友宅に隣接する畑にテントを張りたくさん話をして、おいしいご飯とお酒を飲み、畑を見学し、ひさしぶりに猪猟を手伝い、何人かの興味深い人たちも紹介してもらうことができました。

 

いつも思うのだけれど、人生には、いまのぼくが必要としているヒントや言葉や目印が歩く道の先に在ります。考える事を諦めず、感じることを止めず、いつもアンテナを張り続けてそれに気付くことができるぼく自身でこれからも在りたいと思いました。

次に会う時にも胸を張って出会えるじぶんで居たい。そう思いながら淡路島から次の目的地へと向かいました。

 

 

 

オセロ

 一月半ほど前から長男とオセロをしています。『おなじ色で挟めば、なかのコマが反転する』その簡単なルールを覚えるのには、時間はかかりませんでした。しかし、そこは、それ。子供のことです。先を見越した打ち方にはなかなかなれません。

四隅ハンデをして、打つこと3週間。息子は負け続け。でも、腐りません。毎日、4、5局打ち続けました。3週間ほどで四隅ハンデでは、僕が勝てなくなりました。そこからが早かった❗

数日の内に三隅ハンデをクリア。近頃は二隅ハンデでも勝てない。一隅ハンデでも五分五分の勝率。で、昨日 写真の負けっぷりを期しました。…あかん。平手で負けるのも時間のうちの予感がします。うーん。

ひな祭り

 三寒四温で一歩づつ春に向かう今日この頃です。快晴の下、畑にて雪下野菜を掘り出していると奥さんと息子ふたりが散歩にきました。

除雪ローダーが積み上げた雪山に登り、遊んでいる兄弟。作業を終えて雪山を向くと『雛人形』をたくさんつくっていました。

そーかー。もう、そんな季節なんですねぇ。

百姓建築 仕上げ壁

 暖かかった気候が一変して、ここ数日は強い寒波です。気温の激しい上下動は身体に負担がかかります。それでも陽射しは日一日と強さを増して、春の訪れを予感させます。

貯蔵系の雪下野菜にはポツポツと傷みが出てきています。出せて今月一杯かな?

部屋の改装を進めています。漆喰を塗り終えたので、いまは壁板を打ち付けています。下地の間柱の位置を探すのが一苦労です。途中途中で奥さんと協議して、どんな部屋にするのか?ひとつずつ決めていきます。結果、頑張って塗った漆喰壁がすべて木で覆われたりしています…(涙)。

予算と希望と想像力を総動員しながらの作業は楽しいです。

イグルー

 直売所に出している雪下野菜の売れ行きが良くて、急遽 朝から野菜を掘り出して出荷してきました。今日はとんでもなく良い天気です。陽射しが春の装い。

午後から野尻湖博物館主催の『イグルー造り』に家族ででかけてきました。

本来は、締まった雪を切り出して積み上げて造るのでしょうが、それほど雪が締まっていないので箱に雪をぎゅうぎゅう詰めにしてブロックを作り積み上げていきます。

子供のイベントと言うこともあってサイズはちいさい。でも、それぞれがじぶんの仕事を見つけて作業に没頭。こう言うイベントの例に漏れず、大人の方が真剣になって造っていきます。

予定よりもだいぶ早く一時間半ほどで二つのちいさなイグルーができました。かまくら?みたいな感じですが、楽しかったです。長男と次男も青空の下 目一杯働き遊べてご満悦でした。

循環農業2

 イベントが終わり通常運転に戻りました。雪の下から野菜を掘り、出荷し、種の発注や確定申告などの細々とした仕事をしています。予定のない日は、家の改装を進めています。いまは二部屋目の壁を漆喰で塗っています。あんまりうまくはないけれど、作業としては好きな部類です。土壁を白く塗りあげながら、展示会で下りてきた『循環する農業』と言う言葉を考えていました。

これまでぼくは、じぶんのこだわりを畑や野菜に押し付けていたように感じます。自然栽培や自然農の定義とは?なんて、下らない事にどこかでとらわれていたんじゃないかな。と

大切なのは野菜が元気に過ごせる場所であること。畑が気持ちのいい空間であること。なんですよね。どんな肥料を使うとか、使わないとか、マルチを使うとか、使わないとかは、その先にあることなんじゃないかなぁ。と思い至りました。自然の大きな循環のなかに一緒に交ぜてもらえる農業。大きな循環を構成するちいさな場所でありたいな。と思います。

農業は、農の業(ぎょう=営み)や農の業(わざ)と書きます。でも、読み方を変えれば農の業(ごう)とも読むことができます。

生きていくために自然を破壊して、農地を造る。本来その場所には不自然な野菜やお米を植え育てる。どこまでいったところで、本物の自然にはなれません。それでも農家は稲を植え、種を蒔きます。もって生まれたカルマと言う意味でも、農業(ごう)がぼくにはピッタリな気がしました。

 

補足:wikiで業について調べました。業とは、行為、所作、意志による心身の活動、意志による心身の生活を指すようです。元義には良い悪いといった色はないようです。結構、素敵な言葉ですね。つまりは『生きる。』こと、そのものじゃあないですか。益々、気に入りました。

 

 

カケラ

 昨日、無事に展覧会が終了しました。最初に主宰の澄ちゃんに声をかけられた時には『そんなん誰も興味ないやろ。ひと来ないよ。』と思っていました。蓋を開けてみれば、びっくりするくらい多くの人に来てもらうことができました。本当にありがたいです。

当社比8倍くらい格好よく撮ってもらった映像を観てくれた友人が『普段と言ってることそのままやね。』と

確かに、それはじぶんでも思います。インタビューだからと言って、普段よりも格好つけたり誇張はしていないです。そのままじぶん、でした。にんげんの厚みが薄いのか、バカなだけなのか、まぁ、裏も表もないのは確かです。

じぶんと言う者を考えたとき、実はじぶんなんてないのではないか?と半確信しています。カラッポのぼくが出逢ったこれまでのすべてのモノのカケラが集まって、いまのぼくが出来ています。

そうしてぼくを作ってくれたカケラに対して、ぼくにはなにも返すことはできません。唯一できることは、じぶんの感情には嘘を吐かないコトだけなのだと思っています。そこにウソを吐いてしまえば、カケラをくれたすべてをウソにしてしまうと思うのです。だから、じぶんの感情を信じてこれからも歩いて行ければと思っています。

さーて、今回のコトで更に過大評価をされてますます負債が大きくなってきました。『やベーなぁ』と思いながら明日からも頑張っていきます。

循環農業

 展覧会三日目です。朝から会場入りしてなんの役にも立たないながら、でくの坊のように過ごしておりました。あんまりよく知らない人やまったく知らない人に会うのは思ったよりも疲れます。明後日の方角の会話を繰り広げながらの一日でした。

じぶんのやっている農法についていろいろと質問をされました。細部については語れても、全体を一言でピタリと表す言葉がいつものことながらうまくみつかりません。

そもそも、ぼくのやっている農業はどのカテゴリーに入るのか?ずっと謎でした。有機栽培?自然農?自然栽培?自然農法?…よくわかりません。第一、自然農とか自然栽培の定義がよくわかってないのです。『無農薬、無肥料、不耕起』が自然と言うのならりんもく舎はそのカテゴリーから外れます。

農薬は使っていない。化成肥料も使わない。でも、野菜によっては植物系の有機肥料を使う場合もあります。畑も耕起する場所もあれば、7年不耕起を続けている所もあります。結局、畑の状態と作物と作業性などから僕と野菜が相談して、歩み寄れる折衷案をみつけているのが現状です。一様ではないのです。

うまく言えないからこれまでは『自然農寄りの有機栽培』などと言ってきました。でも、しっくりとしません。自然ってなんだ?畑で作物を育てている時点で、もうそれは自然じゃないよなぁ~って…

 

きょうお客さんと話をしている最中に言葉が降りてきました。

『(自然の)循環のなかにある農業』

を、ぼくは目指しているのだと10年目でやっとしっくりくる言葉に出会えました。ちいさな輪がたくさん集まって、大きな環を作る。どっちが偉いとかじゃなくて、どちらもおなじもので、どちらも別のもの。

命が次から次へと受け継がれてクルクル回り続ける農業。僕の存在と他者の存在がクルクル回り続ける生き方。ちいさな場所で大きく循環し続ける。そんな田畑や生き方を目指しています。

 

プラスマイナス

 朝夕、黒豆(愛犬)の散歩に出かけます。新雪の頃はフリーにしてあげられる場所がなくてストレスを溜め込んでいた黒豆ですが、近頃は固く締まった田畑の雪の上を駆け回らせています。『帰るよ❗』の声がかかるまで、あっちに行ったりこっちに行ったりと子供のように無限に走り続けています。

本日は4日間開催の『鈴木雄一展』二日目でした。初日、本日と思ったよりも多くの人が訪れてくれています。いろんな人に人生の軌跡を見られているようで気恥ずかしくもあります。でも、ありがたいです。

今回はたまたま縁があって、主宰者の澄ちゃんはぼくに白羽の矢を立てました。でも、すべてのひとが生きてきた時間の分だけ、感じ考え悩み生きてきて、たくさんのドラマのうえに今を生きているのだと思います。生きているって、それだけでスゴいこと、胸を張れることだって思います。

たくさんのひとに誉められたり感心されたりするたびに『このままじゃいけない』そんな気分になります。

今のじぶんは、これまでの貯金で生きているようなものです。たまたま自然のなかで幼少期を過ごしたお陰で人よりも自然に対する感覚が鋭かっただけなんです。ここから、もう一歩先に進むためには、もっと深く田畑にもじぶんにも向き合わなくてはダメなのだ。と焦ってきました。ビギナーズラックはそろそろ終わりね。そんな気分。

若かりし頃、モンゴルを旅していた時に出会ったおじさんの言葉を思い出します。『好きなことができるときは、好きなように生きればいい。時がくれば、いつか、どこかできっちり返さなくてはならなくなるのだから。人生は最後にはプラスマイナス0になるものだから』と

甘えた日々を過ごし続けた負債と利子が増えすぎないように、これから少しずつ分割払いしていきます。さーて、死ぬまでに返し終えられるでしょうか。

陰陽、正邪

 週に二度 雪下野菜の出荷をしています。月曜と金曜の掘り出し日が好天ならそんなに悪い仕事でもないいのですが、本日は横殴りの雪の下での作業になりました。辛い…

初めて雪下野菜をして途中経過の感想は『いいものもあれば、そうでもないものもある。美味しくなるのもあれば、現状維持、下降気味のものもある。』そんな感じです。

雪下で美味しくなる野菜No.1は人参です。甘味が増して、ジューシーで爽やか。ただし、掘るのがたいへんです。そして、掘ることよりもその後の洗いが更にたいへんです。なんか、工夫しなくちゃなぁ。

 

 昨日は展覧会の内容について、主宰の澄ちゃんと話をしました。概ね問題なく、澄ちゃんの構成力と文章力に驚きました❗『お主、仕事できるなぁ』そんな感じです。ただ自然栽培の説明については…なんだか、しっくりとこないものがありました。

自然栽培=たいへん この図式がなんだか、しっくりしません。

40年この世で生きてきて、10年田畑を触ってきました。そんななか感じるのは、世界は、陰と陽、光と影、正と邪など相反するものが対になって出来ている。と思うのです。正反対に見えるものが、実は背中合わせのおなじものなのでは?と感じるのです。

一見難しそうに見えるものでも最初の山さえ越えれば、あとは安定してしまい簡単になる。一見簡単そうに見えるものでも軽んじておざなりにしてしまえば、いつかどこか別の形で困難を招く。そんな風に思っています。

自然は絶妙なバランスの上に成り立っています。ちいさな歪みが出た場合、元に戻す力も持っています。農業で言うと病気や害虫の発生は、人が崩したバランスを修正するために起きる。とぼくは考えています。自然が本来持っている修正力や包容力を最大限発揮してもらえるように手伝うのが自然栽培だと思っています。うまくいかない原因の殆どは、人が招いているのです。

農薬を使えば野菜は育つ。簡単に病気や害虫を抑えることができる。でも、在るべき形は歪められてしまうのです。その歪みは消えてなくなる訳ではありません。いつかどこか別の場所で別の形で現れます。簡単な選択の先に困難な問題を招くのかも知れません。

明日を見たとき自然栽培はたいへんで難しい農業かもしれません。でも、100年先を見たときには簡単な解決方法なのかもしれませんね。

あー、なんか文章も内容もめちゃくちゃです。すみません。

 

百姓建築 漆喰壁

 一部屋目の床が完成しました。二部屋目の床に取りかかりたかったのだけれど、諸事情により延期。一部屋目の壁を先に進めることにしました。

既存壁は土壁です。剥離はあまりしていないので、そのまま上塗りで漆喰を塗りました。

左官仕事はひさびさです。楽しい。8年前にこの家を買ったときに、キッチンは漆喰。他の部屋は珪藻土と、たくさん塗りました。調湿を考えると今回も珪藻土が良いのですが、壁が崩れやすい。との事で、奥さんから却下されました。

仕事全般に言えることですが『下準備』は大切です。マスキングテープをしっかりと張り、マスカー付きの養生をきっちりとします。漆喰に水を加えて、固くもなく柔らかくもなく、練り上げていきます。

薄汚れた土壁が白く漆喰で覆われていく。気持ちいい。素人なので、どーしても凹凸が出来ますが、無理にまっ平らにしようとはしません。『これも味があっていいじゃないか。』そんな所です。

養生も含めて、一日で塗り終わりました。楽しかった。

白雪姫

 気温が高い。年末から一月半ばまでは繰り返しの寒波で例年よりも寒く、降雪も多かったです。ところが、ここ一週間ほどは暖かく雨が降ったり止んだり。一月に雨…。もう、天候がグチャグチャですね。80㎝くらい積もっていた雪も20、30㎝くらいになってしまいました。

 

 奥さんの体調が良くなくて、数日別の部屋で寝ています。二人の息子と僕の三人で寝ていると、朝早起きした息子たちが『とうちゃん、起きて❕』と声をかけてきます。眠たくて、聞こえない振りしたり、布団を頭から被ったり。

『起きて、起きて』とうるさい。

仕方なく『とうちゃん、白雪姫ね。目覚めさせて』と、現実と乖離したお願い。髭面の汚いおっさんが目覚めのキスを目を閉じて待っていると…

『カンチョー‼️』

我が家では、白雪姫はカンチョーで目覚めさせるようです。…ダメだこりゃ。

鈴木雄一展

 一昨年、奥さんの絡みで一人の女性がりんもく舎の畑に来ました。それ以来、ちょくちょく訪れては、農作業の手伝いをしてくれていました。

彼女は東京でアートデレクターの仕事をずっとしていて、結婚を機に信濃町に引っ越して来ていました。

昨年の夏頃、『雄ちゃんさ。私、この村に住んでるおもしろそうな人を取り上げて、その人のやっている事とそこに至る思考の変化を展示してみたいんだよ。』と『仕事と思想が一緒になっていて、形にしてる。って、アートの世界とおなじように感じるんだよね。』と

『第一回は雄ちゃんでもいい?』

…『えー❕』

それは恥ずかしいなぁ。の気持ちが先に立ちましたが『やりたいコトがある』その気持ちを大切にしたい想いもあり快諾しました。(まぁ、どうなるかわからんし…)

それからの数ヶ月、彼女はあちこち走り回り、頭を使い、調整し、思考を形に変えていきました。

その展示会が来月行われます。3日から6日まで黒姫駅前のモトホンヤさんにて開催です。こんなご時世ですが、お近くの方はどうぞお越しください。

よろしくお願いします。