百姓日記


息子大興奮

 朝から天気が良くて春の陽気。今年は雪が少なかったこともあり陽当りのよい所は地面がすこしのぞいています。例年よりもだいぶはやいなぁ。

昼前から家族でおでかけしました。

ついでに農機具の試乗会へ。トラクターやスプレイヤー、除雪機なんかのピカピカの新車がズラリ。

乗り物大好きな息子は大興奮してました。特にバックホーがお気に入りです。

しかし、農機具は高いなぁ。普通に数百万円とかしてます。眺めているだけで買えません。はい。

青山ファーマーズマーケット

 先週末の土曜日に東京の青山ファーマーズマーケットへ出店に行って来ました。噂通りのお客さんの多さでしたが裏通りみたいな出店場所と商品の種類が少なくニッチな乾物がメインだった事もあって売上は微妙でした…

まぁ夏本番前の視察みたいな気持ちだったので次回策を練ってがんばってみます!

あとね。ファーマーズマーケットなのに八百屋(仕入れ専門)が多くてなんか悔しいなぁと思いました。

生産者と消費者を繋げたくてやっているんじゃないの?

帰りは一緒に行った有機農業さんと眠くてふらふらになりながら帰ってきました。

木次牧場

 パソコン仕事をしていると横から奥さんが「わたしも牛ならこんな所で暮らしたい」と雑誌を見せてきた。そこには島根県で自然酪農をされている木次牧場さんの放牧風景の写真が。

確かに!気持ちが良さそう。

我が家の畑もじぶんがそこに居たいと思える場所にしよう、といつも考えています。人が気持ちよくない場所は野菜も気持ちよくないだろうからね。

次のページの写真を見て、更に素敵な牧場だなぁと思いました。

牧場の運搬車の車体には、こんな文が書かれていました。

「赤ちゃんには母乳を」

牛飼いが言うから価値がありますね。素敵です。

楽健法

 朝から快晴で陽射しも強く、ここ数日でイッキに雪が溶けてきました。駐車場は一部地面が見えてます!どんなことがあっても、季節は巡ってきますね。

 

 奥さんが鍼灸師と言うこともあって疲労が溜まったり不調になるとよく身体を診てもらいます。本当は定期的に受けた方がじぶんの身体の状態を知るにも良いのだけれど、不真面目な患者なので気分次第になってしまいます。

お互いの普段の体調管理は「楽健法」をよくやります。夫婦で手順に沿って交互に身体を足で踏みます。手でやるよりも疲れず、踏む方も踏まれる方も気持ちが良く細かなテクニックも要りません。

発熱しそうな時、眠りが浅い時、疲労が溜まった時、筋肉が固まった時、とりあえず楽健法をしておけばなんとかなります。

パートナーがいらっしゃる方は楽健法どうですか?

おばあちゃんとひ孫

 妻のおばあちゃんの90歳のお祝いで我が家と両親、義兄、従兄弟夫婦とその子供達で隣の飯山市へ会席料理を食べに行きました。

古民家を改装した落ち着ける雰囲気の店内で一品一品手のこんだ料理に舌鼓。とても美味しかったです。

いつもはお腹いっぱいになるとちょこまかと動き回る息子も従兄弟夫妻の双子のお姉ちゃんと一緒になって黙々と遊んでいて、久しぶりに息子の動きを気にせず夫婦揃ってゆっくりと食事を楽しむことが出来ました。有り難や

2時間ほどかけてゆったりとした時間を過ごし解散。我が家は近くにある馬曲温泉へ。道中息子が寝ちゃった事もあって信濃町に戻ったのは5時半近くに、それでも空はまだ明るい!

町内に入ってすぐにさっき別れたばかりの義母から 知り合いから牡蠣が送られてきたとおすそわけの電話。受け取りがてら実家へ向かうと息子が「ばあばの所に泊まる!」と言って聞かない。「父ちゃん母ちゃん家に帰るよ」って言っても全然平気な顔で「ばぁばいるから平気!明日迎えに来てね」と面倒くさそうにバイバイ…

2歳児って、こんなあっさりしてるんですか?

図らずも奥さんと二人で家に戻ることに、夫婦二人だけの夜はなんか寂しいです。

 

有機農家になった訳2

 前回の続きです。

前回 図らずも誰も知りたかないのに、自分年表のようになってしまいました。うーん。物事を順序立てて、端折りながら上手に説明するのは難しいですね。うーん。

まぁ、いいか。

そんなこんなで有機農業に対する偏見も誇大妄想的なあこがれもなく、当たり前のように有機農家となりました。でね。ここからが書きたかった事。

有機野菜を買ってくれるお客さんは健康の事を考えて有機野菜を手に取って下さる事が多いです。でもね。育てているこちらは、実は正直、お客さんの健康第一!とかは思ってないんですよ。(怒られそうだな…)ただ単純に虫がいて微生物がいて鳥が飛んでくる、そんな圃場の環境がすきなんですよ。

ホントに怒られそうですけれど、お客さまの健康を守るよりも、虫や微生物や鳥や獣が気兼ねなく生きていける場所を、僕は守りたいんです。

いや、もっとぶっちゃけると、そんな環境でぼくが農業をしていたいだけなのですよ。(あーあ、言っちゃった。)

でもね。有機農業や自然農をする上でそれがすごく大切なんだって近頃思います。

生物多様性が大切なんだと遠く北のシロクマを守らなきゃ!とかテレビで言ったりしてますが、確かに多様性は必要だと思います。虫やミミズや微生物や鳥や獣や雑草がいるから野菜も大病を患わず、食い尽くされることも無く、持続して循環して育つことが出来るんです。複雑(多様)であるほどバランスは崩れにくくります。詳しい原理は面倒くさいから書きませんけど…

にんげんは合理化とか省力化とかドンドン世界を単純に簡素にマニュアル化して理解しようとするけれど、絶対すべてを理解することなんてできないです。複雑に絡み合って支えあって食ったり食われたりしながら混沌と整然のなかで、世界はできていると思います。うまくは言えませんが

そして、そんなにんげんも他種となにひとつ変わりなどなくて、複雑に組み合わさった自然の一部なのだと思います。だから、他の生命とおなじように、多様性がないといずれ人自体が成り立たなくなるのではないのかと、野菜の世話をするなかで考えるようになりました。

だからね。遠くのシロクマの安否を考えるよりも、ウチの野菜を買ってください。その代金で僕が責任(生活かかってます!)を持って、ぼくの圃場のなかの生態多様性のお世話を続けていきます。ものすごーく遠いかもしれないけれど(本当は一番の近道?)、実はそれがお客さんの健康につながっているのかも知れません。

あっ、なんか最後は販促宣伝になったな。… まあ、いいか。

きょうは暑苦しい鈴木バージョンでした。おつかれさま。おしまい。

 

有機農家になった訳

 例年日照時間の短くなる冬場は有り余るエネルギーの発散がうまくいかず、滞留して少し鬱っぽくなります。でも今年はどうも大丈夫みたい。多分息子のお陰かな?溢れ出る幼児パワーに負けないように、こちらも全力でぶつかるのがいいみたいです。(物理的にも全力を出さないと肋骨を折られそうですし・・・)

 

今日はちょっと有機農家をしている理由を書いてみます。

農業に興味を持ったのは、その昔 旅をしていた時に出会った友人の影響です。その頃、その友人は京都で自然農をしていて、おなじアパートに住んでいた僕はその畑がすごく好きだったんですね。

なんかもう野菜も雑草もモリモリワサワサで生命力があふれでていて、畑なのに物理的にも感覚的にも深い森かジャングルにいるような本当にすごい場所だったんです。どこで聞いたのだか知りませんが、絵を描きに来る人とか瞑想しに来る人とかもいました。暇があれば、その畑でボーってするのが、その頃の日課でした。

ちなみに、その友人はいま淡路で自然農と猪猟師をしています。(平野農園さん)

 

 そんなこともあり、奥さんの実家があるココ長野県信濃町に越してきて、まず始めたのは家の前の空き地の開墾。いちばん最初は自給自足を目指していたんです。

生命力の塊みたいな友人の畑を見ていたから無農薬での栽培にはまったく抵抗がなくて、近所の人に「そんなやりかた無理」とか笑われながらも、結構普通にできていました。

と、言うか自然な状態の草原を開墾した場所だったから、作物によってはいま以上に出来ていたんですよ(-_-;)。

で、楽しくなってイッキに農業にハマってしまいました。

 翌年からは田んぼを始め、鶏を飼い、畑も徐々に増やし、給料取り最終年には仕事以外はほぼ農業をしている状態に…

仕事は農家組合の販売面全般を担当していたのですが、正直楽しくなかったです。ちいさな組合だったからやりたいコトをやらせてもらえる土壌はよかったんですけど…間違った事、おかしな事、変な組織のルールに従えなかったんですね。

で、息子が生まれた時に「イヤな事我慢して生きてる父ちゃんなんて息子に見せたくない!」って思い、農家として独立する事にしました。

息子の誕生の翌日には生活も考えずに、辞意を伝えていました。(うーん。アグレッシブ)僕が働いていた時に鍼灸学校に通っていた奥さんが「今度は雄ちゃんのやりたいことやりな!」と背中を押してくれたのも大きかったですけど

アレ?書こうと思った事に全然たどり着かないな。

うん、この話は次回に続くだね。

春と種

 今日も朝からいい天気!最高!家の前からは黒姫山と妙高山がドデンっと雄大な景色。うーん。気持ちいい。

まだまだ里には雪があるけれど陽射しはつよくなり昼の時間も少しづつ伸びてきてる。うん。春は着実にやってきてるね。

昨日遊んだから今日はちゃんとお仕事。米粉と玄米珈琲用のお米を籾摺りをしています。いま休憩中ね。

 

 2月も半ばを過ぎて畑の準備も少しづつスタート。ここ数日で春蒔き用の野菜の種をあちらこちらの種苗店へ注文。

りんもく舎ではこれまでなんとなくな感じで作付け品種を選んで育てていたのですが、今年からは本格的にできる限り固定種を中心に栽培し自家採取の比率を上げていく事にしました。

遅まきながら時間をかけて、自分で育てていく種の大切さに気がついた感じです。

野菜や穀類の種には「固定種」と「交配種」があって(遺伝子組換え種なんてヤバイのもありますが…)、スーパーなどの市場に出回っている野菜のほとんどは「交配種」になります。

F1種(一代交配)ってやつですね。

では、なぜほとんどの野菜が交配種なのかと言うと、めちゃ簡単に書けば「おなじ種の交配種と固定種の両方を作れば、交配種の方が利益が出る」からなんですね。

どうしてそうなるのか?それぞれの種の特徴から紐解いてみます。

F1種を簡単に説明すると病気に強いとかたくさん取れるとかの特徴を持った(父)親と(母)親をかけ合わせて、病気にも強くてたくさん取れる子を作る。そんな感じです。

(そこそこ)おいしくて、カタチが揃い、たくさん採れて、収穫期がまとまり、色づきがよくて、特定の病気に耐性があったり。すごいね!

こう書くとなんか交配種っていい事ばかりのように感じますよね。事実、普通に野菜を作って専業農家として生活するならば良い事の方が多いのです。だからみんな交配種を率先して作付けをします。

では、何が悪いのかと書くと利益性を追求する=たくさん採れる事を追求しているので肥料と農薬を使うことがまず前提になっています。味よりも(重要なファクターではありますが)市場流通性(形、色)が重視される傾向があり、個性的な風味は敬遠されます。(まぁこれは消費者の好みの反映でもありますけど)

そして、もうひとつが「交配種の子供からできた種(孫の代)は親(または祖父母)の形質を安定して引き継がない」事になります。誤解している人が多いのですが、種が出来ない訳ではないです。一代しか安定した作柄にならないんです。だから一代交配と言います。

孫の代はおいしいかもしれないし、おいしくないかもしれない。病気に強いかもしれないし、弱いかもしれない。そんな感じです。出現形質は種ごとにバラバラになります。また例え、翌年はうまくいっても翌々年はわかりません。

そんな不安定な種は商売としては使えないですから農家は毎年種苗会社から新しい種を買わなければいけなくなります。一度買うと止められなくなるのは遺伝子組換えとおなじです。

一方の固定種は、昔から行われてきた採種方法で個々の農家(または地域で)が代々じぶんの畑の野菜から良さそうなもの(おいしい、病気に強い、形がよい、たくさん採れるなど)を選択、選別しながら種を採り続けてきて、長い年月を経てだいたいの出現形質が安定(固定)している種の事を言います。

一代交配の技術ができるまでの種(固定種)は人為的な選別、選択こそあれ、自然に近い状態で採種されてきました。だから、いろんな野菜にはごく狭い地域に固有の種があったんです。古くから栽培されてきたナスやきゅうりなどはそこそこ有名なものだけで数百種類以上あったようです!

それはつまり農業と言うものが(特に野菜は)自給の為のものだったんですね。売り物にする意識が薄かったからこそ不格好でも本当にうまいものだけが、その土地にあったものだけが残っていきました。そう言う地域固有種はF1種子に駆逐されてほとんどなくなっているのが現状です。

なんか思いの他 説明がながくなったなぁ(汗)頭が悪いからうまく説明するのが難しいです。マトメるのも…

よく有機野菜のお客さんに「固定種じゃなきゃ絶対ダメ」と言う方もいますが、僕個人的には別に交配種がダメとも思ってはいないのです。

色や味がよくて、形も揃って、しかも(農薬や肥料を使って省力栽培するから)安い!そんな野菜が万人に受け入れられたからこそ、交配種が広く作付けされているのですから、ある意味では消費者の選択の末なんです。(遺伝子組換えやターミネーター種子は、原理が全く違うから受け入れてませんよ。)

それでも固定種の作付けを増やしていこうとしているのは、じぶんの育てた野菜から翌年の種を採り続けていきたいからに他なりません。自家採取を繰り返して僕の畑にピッタリと合った鈴木畑専用種を作りたいのですよ。なんか、その方が楽しそうだし自然じゃないでしょーか?

うーん。ながい(文書&鈴木固定種への道のりが!)

 

しあわせな一日

 朝起きて外にでると気持ちいい空。昨夜の雪を除雪しながら今日はどこかにでかけたい気分に

鍼灸院が定休日の奥さんと子供を連れて佐久にある友人がやっているカフェに行く事にしました。

縁と志のある生産者からの食材を中心に、急ぎ足じゃない食べ物と時間を提供する「マルカフェ」さん。

オーナーとは共通の友人を介して知り合ったのだけれど、まぁ僕の一目惚れですね。とっても清々しいナイスガイ!だけど完璧じゃなくて、ちょっと抜けてるところも僕好み😁

お店にはイベントでうかがったことはあるのだけれど、通常営業では初めて

古い民家を改装した店内はとっても気持ちがよくポワっと温かい雰囲気。

料理は、くいしん坊の奥さんが本当においしいモノを食べたときの状況に!一口一口にうっとりしてはりました。

野菜農家の僕の感想としては、こんな風に自分の所の野菜を使ってもらえたらしあわせだろうなぁって思いました。

帰り際、オーナーからいつもの言葉。

「こどものためにがんばろうね」

日本の未来とか、世界平和とか、地球環境とか、そんなどこにあるのだかわからない大きな話じゃなくて、ただ(すべての)こどものためにがんばろうって

気持ちの良いお天道様の下で、おいしいご飯を食べて、じぶんのできる事をまっすぐにがんばっている人に会えた。ホント、きょうはとてもよい一日でした。

 

 

 

 

米の花

 先一昨日から始めた糀造り最終日。出糀です。

前日 夕方最後の切り返しの時、今一つしっくりこない感じだったので少し心配しながら加工所に向かいました。

加工所の扉を開けると糀の温度を下げるためのブロワーが回る音が響きわたってる。

糀の品温を示す温度計が52℃を指してる!

うーん。少し麹菌の反応が激しすぎるみたいです。麹室の蓋を開けるとムワッとした糀の香り。お米の表面に糀の花がドサっと咲いてる。

が、糀に手を突っ込むと温度がかなり高く、いつもより湿り気が強い。

おそらく、前日に最後の切り返しをした時糀に被せている布を取り除かなければいけなかったのに外気温の低さを考えて布を被せたままにしてしまった事が原因みたい。

布がある事で水分がとばず糀の発酵にブレーキがかからなかったみたいです。

でも、まぁ糀はしっかり起きているから大丈夫でしょう。多分…

生き物を扱うのは本当に難しいですね。次回からの教訓にしなければ…

糀の注文をしてくれているお客さんに配送の手続きをして、残った分は冷凍庫と冷蔵庫で保存です。甘酒も仕込みました。美味しくできるかなぁ?

明日の朝が楽しみです。

ウンチクをひとつ。

コウジは漢字で書くと糀と麹の二種類があります。元々、中国から伝わった麹と言う漢字だったのですが、麦を原料にした中国と違って米を原料にした日本で糀と言う漢字が作られました。

お米に花が咲くと書いて「糀」

とてもきれいで美しくコウジの姿を表す漢字だなぁと思います。

土着菌を使ったボカシ肥料作りでもそうですが、キレイに起きた菌は本当に美しいです。触っているだけでパワーを貰える気がします。

糀にしろ土着菌にしろ、菌の心がわかる男になりたいです。

 今日は恒例の糀造り!

毎年春に手前味噌を造っているのだけれど、今年は味噌用以外に糀だけも作ることにしました。味噌は春になったら仕込みます。

前日に米を洗い浸水しておいたモノを蒸し器にかけて京都から取り寄せた種麹をすり込み今年から新しくなった保温機(こうじ君)にセット。今回は味噌用の豆煮の同時進行がなかったから割と楽な作業でした。それでも一度に30㌔分を仕込むのはたいへんですけど…

あと寒さの厳しい2月なので水は冷たかったです。

明日、切り返しをして明後日には出来上がり予定。うまく糀の花が咲いてくれるでしょうか?楽しみです。

デビュー

 今日は息子の子守の日。朝起きると快晴だったので我が家から車で10分の黒姫スキー場に行く事にした。

僕は今シーズン2回目。2歳の息子はスキー場デビュー!最初はキッズランドでソリをしたり滑り台をしたり。

それからリフトに乗って緩斜面の初心者コースへ。さすがに2歳ではスキーのスの字もわからず父ちゃんに両脇を抱えられてワーワーキャーキャー言ってる始末。まぁ、でも楽しそうだ。

修学旅行に来ている女子中高生にキャーキャーかわいいとか言われて得意満面の息子。(いいなぁ。父ちゃんは別の意味でキャーキャー言われちゃうよ…)

結局5本も滑ってしまいました。息子はスキーが楽しかったみたいで「また行くね」と言ってました。まぁ、アッという間にうまくなるね。雪国っ子だしね。

母 限定いやいや期

 ブログ更新ひさびさです。なんか忙しいワケでもないのにバタバタとしておりました。

東京から戻ると息子の父ちゃん子ぶりに拍車がかかっておりました。ご飯、着替え、オムツ交換、お風呂、ねんね。全部父ちゃんじゃなきゃヤダ。かわいいけれど若干面倒くさい(男親なんてそんなもんです。)

多分長期間不在だった影響で父ちゃん欠乏症になってるんですね。

割を食ったのはお母さん。殆ど全てに反抗。お母さん限定のいやいや期です。

まぁ、お母さんはなにをしたって自分のコトを大切にしてくれるって安心の裏返しなんでしょうけど

お母さんお疲れ様です。

不妊と遺伝子組み換え

 昨年末 新聞を読んでいて衝撃を受けた記事がありました。

一昨年、2015年に日本で生まれた子供の約5%が人工授精によって授かった命らしいです。…5%ってすごくないですか?約20人に1人が医学の力を使わなければ生まれ得ない状況、それが現在の日本なんです。そして、この数字は近年急激な右肩上がりを続けています。

そうなった理由はおそらく単体ではなく、複合的な要因だと思います。晩婚による初産の高齢化、ストレス社会、電子機器による電磁波への曝露、医薬品からの影響、シャンプーや洗剤による経皮毒などなど

その中でも食べ物が原因の一つではないだろうか?と考えていました。

で、先日読んだ本にこんな内容がありました。

遺伝子組み換えの飼料で育てた家畜の生殖能力が著しく低下しているとの家畜農家からの報告が多数あると…

なんだかゾッとする内容でした。そしてそれ以上にゾッとするのは、そのような重大な情報が新聞やテレビなどに出てきていない事だと思います。(テレビも新聞も観ないのでわからないですけど、少なくとも人工授精での出生割合の急上昇は僕が話した相手は誰も知りませんでした。)

安価で売られている食品の殆どには遺伝子組み換え作物を原料にした油や添加物が使われています。味噌や醤油や豆腐に使われる大豆も殆どが遺伝子組み換え大国アメリカからやってきます。そして遺伝子組み換え作物も加工してしまえば表示する義務もありません。

情報を与えられもせず、選択の余地も奪われ、目の前に与えられた食物をただ黙ってだべさせられ続けている。

僕らは家畜なんですか?

二子玉高島屋

 今月も二子玉川高島屋グリーンマーケットへ出店に行ってきました。道路の凍結を考慮して朝の3時半に出発。めちゃくちゃ寒いです。−15℃くらいか?

道中は雪もなく道路も乾いており入場1時間半前には到着しました。小一時間ファミレスで休憩&朝ごはん

厚い雪に埋れた信濃町では生鮮野菜は厳しくて同行した有機農家(黒姫農園)が雪の下から掘り起こした雪中野菜とハウス栽培のほうれん草、玉ねぎ、人参などの貯蔵野菜を持ってきたほかは豆やお米などの乾物が中心のラインナップになりました。

で、売れ行きですが…あんまりですね。乾物はニッチな商品なのでなかなか厳しい。

それでも顔見知りの出店者さんに再開したり新たな出店者さんと知り合いになれたり、少数ですが農業や野菜に興味があるお客さんと話ができたりで楽しかったです。

まぁ、せめて経費が出るくらいは売らないとダメなんですけどね。今後の課題です。頑張ります。

囲炉裏端のじいさん

 映画なんかの時代劇を観てると冬の百姓の家のシーンでは囲炉裏端に座わりザルをのぞき込んでるじいさんがよくでてくる。特にストーリーには関係なくて、超脇役、なんか風景の一部みたいなじいさん。

あれ、なにしてるんだろ?

と、言うかそんなじいさんのことはホンマ画面の一部か障子や襖みたいな感じで気にも留めてなかった。

で、農家になって、謎が解けました。

あれ、豆の選別してるんですね。

刈り取り→乾燥→脱豆→風選(唐箕)した後の豆の最後の作業です。

虫食いとか未熟豆とか雑穀とかを選別してるんですね。めちゃ地味な作業。力は要らないが根気が必要…干物みたいなじいさんにはうってつけの仕事です。

いま、それ、僕がやっとります。永く寒い冬にはうってつけの仕事です。面倒だけど割りと嫌いじゃないですねん。

まぁ、囲炉裏端なら尚良いのですけどね。台所でやってます(-_-;)。

りんもく舎の農業は江戸時代レベルですな。まぁ、そこがえぇとこでもあるんですけど…なかなか理解されません。

 

 

3勝4敗

 昨夜年明け2回目の病院(海)に行ってきました。夕方から始めて数十回、数百回 釣り竿を振り続けるも…あきまへん。まったくアタリもありません。

スズキはどうやら産卵へ深場に向かったらしいです。

一年で一番心待ちにしているハタハタパターンのスズキ釣り。今シーズンは7回も行って、たったの5本でした(T_T)。まったくダメダメです。

来シーズンはたくさん釣れたらイイなぁと思いながら今シーズンは終了です。

一年頑張ります。

 

2018年

  だいぶあけすぎまして、おめでとうございます。

年末年始は妻の実家でゆっくりまったりと過ごしました。年越しは例年通り知人の坊さんのお寺で餅つきをしながらでした。一年が過ぎるのははやいなぁ。

今年は専業農家3年目です。いろいろチャレンジして頑張ります。

よろしくお願いしますね。

この寒いのに

 農業ブログのクセに近頃は田畑以外の事ばっか書いてます。

仕方ないねん。冬やからさ。農家は開店休業中ですわ。

っーことで、今回は病気の話。

例年12月の半ば頃から産卵のために接岸するハタハタを捕食しようとして集まる大型のスズキが釣れます。釣期間は2週間くらいと短いのだけれど、波に当たると爆釣必至です。

で、東京から帰った翌18日から釣りが可能な日を狙って(冬の日本海は荒れます。)4回も釣行してます。(今日が24日なので2日に1回のペース)…正直、奥さんも息子もウンザリしております(-_-;)。はい。すんません。そりゃ、そうですよね。はい。すんません。

で、釣果はと言うと4回も行って2匹だけ…。全然あきません。今年はハタハタの接岸が遅れているみたいで全然良くないです。

片道2時間かけて、冬の日本海めちゃ寒い中、それでも今日こそは!って行っちゃうんですよ。病気の人は…いや、僕だけちゃいますよ。ポイント毎に大病を患った人がたくさん居てはります。クソ寒い日本海の夜にこんなにもたくさんの人が居るなんて普通は思いもしないですよね。うーん。重病。

年末にかけて冬型が強まりそうで海は大荒れ予報です。…次回行けるのは新年かなぁ?

あー、鈴木はスズキを釣りたいです。

いや、ダジャレじゃなくてさ。

カニの穴

 長野に戻ってから豆仕事の続きをしてる。あいかわらず地味でたゆたゆした仕事。時間に追われていなければ実はこー言うのも嫌いじゃない。

手足を際限なく動かし続けていると脳もグルグルし始める。outputとinputみたいなものか?

その昔、20代半ばの頃アフリカをふらついていた。とある島の話。

その時ぼくはナイロビから一緒に来た2つ上の女の子と4つ下の男の子と一緒にいた。青空と青い海と真っ白な砂浜。なんにもない地球の最果てみたいな所。天国みたいにキレイな場所。

僕らは毎日することも無く、ただボンヤリと過ごしてた。

2つ上の彼女は猛勉強して難しい資格を取り、人が羨むような仕事についてた。でも、その仕事が本当にしたかった事なのか悩んでた。

4つ下の彼は日本で一番有名な大学にいて将来の夢がみつからなくてグルグルしてた。

ある月夜の晩。潮が引いて遠浅の海が遠くに消え、ただ広大な真っ白い砂浜を歩いた。月の光がまっすぐな道を作り、照らしてる。

「☓☓ちゃん、あの穴なにかわかる?」と、ぼく。「…穴?」

砂浜にはいくつもの穴があいてた。

「なんだろう?気にもとめなかった。」と彼女。

「あれはね。カニの穴なんだよ。カニが隠れるために掘った穴。」

「そーなんだ。知らなかった。」

「そーなんだよね。興味がなければ知らない事だらけだよね。でも、今日から☓☓ちゃんにとってはあの穴はカニの穴だね。」

何時までも一緒にいれるわけじゃない。僕ら3人は別々の行き先に向い別れることになった。

別れ際。彼女はこう言った。「カニの穴を教えてくれてありがとう。」

 

どーってことの無い記憶。あれから一度も彼にも彼女にも会っていない。いまどこで、どーしてるんだろう?

名前を知る事で、触れる事で、感じる事で、記憶する事で、僕らの世界は広がってゆく。

ぼくはあといくつのカニの穴を見つけることができるのだろうか?