陰陽、正邪

 週に二度 雪下野菜の出荷をしています。月曜と金曜の掘り出し日が好天ならそんなに悪い仕事でもないいのですが、本日は横殴りの雪の下での作業になりました。辛い…

初めて雪下野菜をして途中経過の感想は『いいものもあれば、そうでもないものもある。美味しくなるのもあれば、現状維持、下降気味のものもある。』そんな感じです。

雪下で美味しくなる野菜No.1は人参です。甘味が増して、ジューシーで爽やか。ただし、掘るのがたいへんです。そして、掘ることよりもその後の洗いが更にたいへんです。なんか、工夫しなくちゃなぁ。

 

 昨日は展覧会の内容について、主宰の澄ちゃんと話をしました。概ね問題なく、澄ちゃんの構成力と文章力に驚きました❗『お主、仕事できるなぁ』そんな感じです。ただ自然栽培の説明については…なんだか、しっくりとこないものがありました。

自然栽培=たいへん この図式がなんだか、しっくりしません。

40年この世で生きてきて、10年田畑を触ってきました。そんななか感じるのは、世界は、陰と陽、光と影、正と邪など相反するものが対になって出来ている。と思うのです。正反対に見えるものが、実は背中合わせのおなじものなのでは?と感じるのです。

一見難しそうに見えるものでも最初の山さえ越えれば、あとは安定してしまい簡単になる。一見簡単そうに見えるものでも軽んじておざなりにしてしまえば、いつかどこか別の形で困難を招く。そんな風に思っています。

自然は絶妙なバランスの上に成り立っています。ちいさな歪みが出た場合、元に戻す力も持っています。農業で言うと病気や害虫の発生は、人が崩したバランスを修正するために起きる。とぼくは考えています。自然が本来持っている修正力や包容力を最大限発揮してもらえるように手伝うのが自然栽培だと思っています。うまくいかない原因の殆どは、人が招いているのです。

農薬を使えば野菜は育つ。簡単に病気や害虫を抑えることができる。でも、在るべき形は歪められてしまうのです。その歪みは消えてなくなる訳ではありません。いつかどこか別の場所で別の形で現れます。簡単な選択の先に困難な問題を招くのかも知れません。

明日を見たとき自然栽培はたいへんで難しい農業かもしれません。でも、100年先を見たときには簡単な解決方法なのかもしれませんね。

あー、なんか文章も内容もめちゃくちゃです。すみません。