百姓建築 収支

 1月からスタートしていた二部屋分の改装がほぼ終了しました。改装箇所は、押し入れ、床の間の撤去。床下断熱。壁の改修(漆喰orパネリング)、フローリング新設と畳の更新。そんなところです。

ぼくが農業を始めた切っ掛けは『そろそろ資本主義も行き詰まるなぁ』と感じていたからです。全うに考えて、有限なこの地球で『膨らみ続けなければ幸せになれないシステム』が永続するなどと思うことこそが、まぁ、幻想だよね。と

お金の価値が徐々に下がり続ける未来は簡単に想像がつきました。その下落速度にぼくの稼ぎが追い付けるのか?甚だ疑問でした。お金を稼ぐ能力がある人は、その方向で戦えばいい。ただ、僕には、その才能はない。だったらたくさんお金を使わなくても生きていける能力を得たい。と思った訳です。

食べ物を買う代わりに、食べ物を育てる。その先に農家と言う生き方がありました。外部からの仕入れが途切れても影響の少ない自然農を選択したのもおなじ考えの先にありました。『食っていれば、とりあえずは死なない。』生活の基本を押さえて、一安心。ただ、それだけじゃ心許ない。生きるための知恵は、どれだけあっても困ることはありません。

百姓とは、百の姓(せい)を持つ人のこと。姓とは、つまり職業のことなのです。農のスペシャリストが農家ならば、ぼくは生活のゼネラリスト 百姓を目指しているのです。なんでもじぶんで出来る人になりたいのです。インターネットで仕入れる表面的な知識ではなく、生活に根ざした知恵を手に入れたいのです。

二部屋分の改装にのべ2週間程度の労働と資材費に20万くらいがかかりました。これをプロに依頼していたら、おそらく60~70万の仕事になります。その差額が現金化されないぼくの報酬になります。外貨を稼がなくても、稼いでいるのとおなじことなのです。

勿論、プロのようにきれいな仕事ではありません。歪みや隙間もあります。その代わりじぶんの住む家の構造を知れました。漆喰を塗る技を手に入れました。たくさんの失敗や遠回りを経験することができました。そのすべてが全部、ぼくの物になるのです。

使えばなくなるお金。永遠に使える知恵。どっちがお得でしょう?

ぼくにお金を稼ぐ才能はないから代わりにじぶんのなかに地層のように知恵を積もらせていきたいなぁ。と思っています。