長野に戻ってから豆仕事の続きをしてる。あいかわらず地味でたゆたゆした仕事。時間に追われていなければ実はこー言うのも嫌いじゃない。
手足を際限なく動かし続けていると脳もグルグルし始める。outputとinputみたいなものか?
その昔、20代半ばの頃アフリカをふらついていた。とある島の話。
その時ぼくはナイロビから一緒に来た2つ上の女の子と4つ下の男の子と一緒にいた。青空と青い海と真っ白な砂浜。なんにもない地球の最果てみたいな所。天国みたいにキレイな場所。
僕らは毎日することも無く、ただボンヤリと過ごしてた。
2つ上の彼女は猛勉強して難しい資格を取り、人が羨むような仕事についてた。でも、その仕事が本当にしたかった事なのか悩んでた。
4つ下の彼は日本で一番有名な大学にいて将来の夢がみつからなくてグルグルしてた。
ある月夜の晩。潮が引いて遠浅の海が遠くに消え、ただ広大な真っ白い砂浜を歩いた。月の光がまっすぐな道を作り、照らしてる。
「☓☓ちゃん、あの穴なにかわかる?」と、ぼく。「…穴?」
砂浜にはいくつもの穴があいてた。
「なんだろう?気にもとめなかった。」と彼女。
「あれはね。カニの穴なんだよ。カニが隠れるために掘った穴。」
「そーなんだ。知らなかった。」
「そーなんだよね。興味がなければ知らない事だらけだよね。でも、今日から☓☓ちゃんにとってはあの穴はカニの穴だね。」
何時までも一緒にいれるわけじゃない。僕ら3人は別々の行き先に向い別れることになった。
別れ際。彼女はこう言った。「カニの穴を教えてくれてありがとう。」
どーってことの無い記憶。あれから一度も彼にも彼女にも会っていない。いまどこで、どーしてるんだろう?
名前を知る事で、触れる事で、感じる事で、記憶する事で、僕らの世界は広がってゆく。
ぼくはあといくつのカニの穴を見つけることができるのだろうか?