百姓日記


百姓建築7 組立

 ここのところすっきりとした天気が続きません。半日晴れて午後は雲って翌日は雨。そんな繰り返しの天候です。

気温も総じて高く、葉っぱ野菜は生育過多な感じです。土壌微生物の活動も活発なのか根菜(大根、コカブ)の肌が汚いです。肌が汚いのは虫害なんかで野菜にストレスがかかっているって事で、味にも雑味がでます。山の紅葉もきれいではないですね。

そんな、こんなで、ここ二日は小屋建築の続きに汗をかきました。

仮組の済んだ木材を一旦ばらし、柱を立ててから梁を載せていきます。一応 一人でも持ち上げられるサイズの梁にしましたが、それでも重い。一本上げては休み休み進めていきました。

結構歪んでます😓。

それでも筋交いを入れれば、かなり頑丈に仕上がってきました。あと半日かけて残りの筋交いを入れたら次は屋根に取り掛かります。雨続きなのではやいところ屋根を貼りたいですね。

与えたり奪ったり

 友人や知人、近所の人に出会うたびに『台風大変だったね。お米大変だったね。』と声をかけてもらっています。ダメになったお米の話をすると皆さん心底辛そうな顔で『あんなに頑張っていたのにね~』と気遣ってくれます。ありがたいですね。

台風が去って幾日か過ぎて、少し冷静さを取り戻してきました。

今日も秋冬野菜の収穫をしました。風に煽られて所々破れているけれど、葉っぱ野菜達は元気にしています。

ふと『そーなんだよな。いつも、いつも僕は与えられてばかりいるのだよな。』と思いました。

 

 農家は、自然からいつも与えられて生きています。太陽と水と土が、ちいさな種を育み、お米や野菜を育ててくれます。時々、奪われる事はあっても、基本的には、いつだって与えられているのです。じゃなきゃ農業は成り立ちません。それなのに被害に遭う度に『自然は怖い』『自然は恐ろしい』と勘違いしてしまいがちです。

自然は与えもするし、奪いもします。

破壊と再生はきっとおなじモノなのじゃないかなぁ?と気付かされました。

倒れたナスの折れた枝のわきから新芽が芽吹いています。もののけ姫のエンディングみたいだなぁって、ぼんやりと考えていました。

 

百姓建築6 仮組

 7月の下旬時点で『あと丸3日あれば棟上げまで持っていけるかなぁ』と思っていた倉庫建築ですが夏から秋まで本業の農家が忙しすぎて殆ど時間が作れませんでした。

秋作の播種、定植が終わった9月中下旬の数日と稲刈りの終わったココ2日でなんとか『屋根の仮組』まで終わりました。

基礎の歪み、施工の歪みに加えて、材木の歪みもあり かなり怪しい雰囲気が漂っていますけれど、まぁ、かなり頑丈に作っているので大丈夫でしょう。…たぶん。

柱の寸法取りが済めば、やっとこ『棟上げ』です。

19号

 台風19号の残した爪痕処理で忙しく&なかなか活力が湧いてこなくて、ブログ更新久々です。

金曜日の夕方から雨風が強くなり夜の八時に停電。翌朝台風は過ぎ去ったものの停電は継続中。とりあえず畑と田んぼの見廻りに出ました。

畑では背の高い夏野菜(ナスとかオクラ)が風に煽られて倒れまくりでしたが幸いトマトハウスは無事でした。まぁ、切ない最後になってしまったけれど、どのみち初霜の降りるあと2、3週で夏野菜は終わりだったので仕方ないなぁと言った気分。

田んぼに行くとはざかけ中の稲木が半分くらい倒れています。田んぼには15㎝くらいの水が溜まり、そのなかに稲穂が完全に水没。…しばし、唖然。

水の中から稲穂を拾い上げると籾は水を吸ってパンパンに膨らみ半透明に透けています。

あかんかなぁ?やっぱあかんか。

長時間水を吸った籾は発芽モードになってしまい食用には出来なくなります。もうダメかなぁと半分諦めながらも稲木を建て直し、水没した稲穂を干し直していきます。奥さんと義父も手伝ってくれましたがモチ米とうるち米の二割くらいは放棄して、半日かかりました。

長靴に水が溜まり、全身ずぶ濡れで寒さに震える。無駄かもしれない作業を延々と繰り返す。半年かけて育てた稲があと少しの所で無に帰る。正直、力が入りません。何度も投げ出しそうになりました。(奥さんと義父がいなければ投げ出していました。)

停電は復旧せず妻の実家へ避難。テレビを観ると各地の被災状況に唖然。我が家から15㎞ほど離れた豊野町では、千曲川の堤防が決壊してとんでもない事になっています。

そして、いろんな人から『大丈夫?』と連絡がありました。有り難いです。

ダメになった稲を思い凹みました。後悔とタラレバで頭の中はぐるぐるしました。でも、また一から頑張ります。

『やることは判ってる。立ち上がる。立ち上がる。いつまでも、どこまでも、立ち上がる。立ち上がる。』

大好きなバンドの歌詞が頭のなかで鳴っています。

倒れても、転けても、打ちのめされても、立ち上がる。立ち上がる。

 

美しさの基準

 夕方の収穫をしていたら奥さんと息子達が畑へ散歩に来ました。夕暮れ時、久しぶりに葉物野菜を育てている畑を見た奥さんが『雄ちゃん、畑が美しすぎる。野菜達が本当に気持ち良さそう。』と言ってくれました。

そうなんです。自分で言うのもなんなのですが、今秋の葉っぱ野菜畑は、本当に気持ち良くて美しいのです。

柔らかな冬草が畑全体を覆い、その中から野菜達がピョッコリと顔を出してる。僕の理想としている『野原みたいな畑』にかなり近づいている感じです。

でも、美しさを感じとる基準って、きっと、万人に共通ではないと思います。雑草がめったやたらと生えて虫がたくさんいる。そんな畑など畑とは認めない。そんな考えの人もきっとたくさんいるのです。

ちょうどいま僕が読んでいる本『川漁師 神々しき奥義』と言う本にこんなくだりがありました。

『川岸をコンクリートで固めて、平坦に、均一に、整然と整備した景観に美を感じる人もようけおる。でも、わしら漁師からしたらそんな川はただの大きな排水溝でしかない。』と

川を整備して人間の尺度での美しさを得る。その一方で産卵場を奪われ、餌場を奪われ、微生物が死に、それらを餌にしていた小魚が死に、小魚を食べていた水鳥りや大魚が死に、最後には川が死ぬ。

きっと美の尺度は人と野菜では違うのじゃないかなぁと僕は思います。

野原のなかでたくさんの友達に囲まれて育つ野菜達が僕はとても美しいと感じています。例え、虫食い穴があったとしてもね。

不運と不注意

 先月の25日からスタートした稲刈りが7日に終わりました。今シーズンの稲刈りはトラブルの連続で心底疲れました。

最初のトラブルは、二枚目の田んぼの稲刈りをしていた時バインダー(稲を刈って結ぶ機械)のカッターを動かすチェーンが切れて、砕けた破片がチェーンケースまでも破壊するトラブルに見舞われました。

早期の復旧は無理と判断して友人の有機農家からバインダーを借りて、稲刈りを再開しました。

三枚目の田んぼの稲刈り。足りなくなった稲木(稲を干す洗濯干しみたいなもの)の代わりにきゅうり用の支柱で代用。が、やはりそこはきゅうり用支柱。重すぎる稲藁に堪えきれず横棒が落下。スパンを狭くして支柱を止める補助具も追加してやり直し。稲のかけ直しと支柱の補強で一日を潰す。

で、支柱を組んでいた最中 義理兄の使っていた借りたバインダーが故障❗…更に、もう一台借りてきてなんとか刈り取りを終了させました。

その晩 台風通過。

翌日 田んぼに行くと代用きゅうり支柱稲木が倒れておりました。(涙目)

その復旧にもう1日。しかも、手間を惜しんで田んぼに乗り入れた軽トラがスタック…(涙目) トラクターを使って引っ張り出すのに数時間…

もう疲れました。

連続する不運に何度も心を挫かれて、それでもやらなきゃ終わらない農業に恨みつらみが漏れました。

でもさ。冷静に考えてみれば不運と言うより不注意なんだよね。丁寧に気をつけて進めていれば回避できた事なんじゃないかなぁと思います。

不注意が不運を引っ張りこんだ。まぁ、不運ってそんなもんだ。とりあえず脱穀は丁寧に進めたいですね。

お天気商売

 9月25日から始まった稲刈りが順調に進んでいます。農家は、毎朝スマホで天気予報を確認して、その日から数日先までの作業予定を組みます。

雨が降ったら出来ない仕事(耕起とか稲刈りとか)、雨降り前日に済ませたい仕事(播種)とかがあるからね。それと雨中での野菜収穫は梱包の手間がとても増えます。だから、夕方雨予報の時は朝に収穫を済ませたりもします。

先週から今週にかけて毎朝確認する週間天気予報の雨マークが1日、1日と先延ばしになっています。結果、『雨前に少しでも進めたい稲刈り』を毎日フルタイムでする羽目になっています。

疲れました。そろそろ雨下さい。

 

 天気が良く、この時期にしては気温も高めなので秋冬の葉っぱ野菜がグイグイと大きくなっています。『成長が早いのは良いことでしょ?』と思われるかも知れませんが、大きくなりすぎた葉っぱ野菜は販売できません。それに収穫期間が繋がるようにズラして播種した野菜が一時にドッと採れてしまうのも困りものなんです。

いろいろ策を練ってみても、なかなか思うようには進みません。ホント、農家はお天気商売ですなぁ。

 

三日

 あきたこまちの稲刈りが終わりました。二反(2000㎡)の田んぼの稲刈り&はざかけを全部一人で済ませたので、丸々三日かかりました。疲れた~。はやく息子が大きくなって戦力になって欲しいです。

天候次第ではありますが、このまま三週間ほど天日で干してから脱穀します。脱穀してみないときっちりとはわかりませんけれど、おそらく反収穫量は6俵くらいでしょうか?三日の稲刈りでだいたい700㎏くらいのお米が採れる計算です。

700㎏のお米はだいたい10人分くらいの年間のお米消費量になります。塩水選別から始まって、播種、育苗、植え付け、草管理、水管理と大変な手間がかかりますが、10人ものひとを一年間生き延びさせる事が出来る❗なんて、とても素敵な仕事だと思います。

さーて、明日からはコシヒカリの稲刈りだ‼️うーん。疲れる。

みどりの原っぱ

 先日 母親とお出掛けをした長男が食堂の野菜を食べてポツリと『あんまり野菜おいしくないね。』と言って、まったく箸が進まなかったらしいです。

ちゃんと野菜の味がわかる子供に育ってくれているのかなぁ、と思い嬉しかったです。

また、とある日。

近所に住んでいる2才年上のお兄ちゃんの所へ遊びにいってきた息子が『○○君のおばあちゃんの畑には全然虫がいなかった。なんで?』と奥さんに聞いてきたらしいです。

時々、僕たち夫婦の話を聞いているから薬(農薬)を撒かれて虫が死んでしまったと思ったのか、とても悲しそうな顔をしていたらしいです。

 

夕方 野菜を収穫していると息子がやってきて『お父ちゃんの畑には、虫がめちゃいるね。』と言って、笑っていました。

『息子よ。ここには、蛙も蛇も雉も住んどるよ。』

畑では優しい色した野菜が萌え、柔らかそうな雑草が絨毯みたいに土を被っています。

息子が大好きな畑は、みどりの原っぱみたいな畑で、お父ちゃんも大好きなのです。

稲刈り

 きょうは秋晴れ、秋最大のイベント『稲刈り』をしています。まずは早生のもち米(ヒメノモチ)からです。それが終わればあきたこまち→コシヒカリと続きます。

我が家では『はざかけ(天日干し)』で乾燥をするのでバインダーで刈り取った稲を、はざかけ棒に一束づつかけてゆきます。手間はかかりますが天日で干すと機械乾燥にはない香りと味になるように感じます。

以前は、周りの人をたくさん呼んでイベントみたいにして稲刈りをしていましたが専業農家になってからは大体一人でやります。人を呼ぶのはそれなりに大変ですし一人でやる方がきままに天気をみてできるので良し悪しですね。

さーて、今日中にもち米終わらせたいなぁ。

運動会

 土曜日は上の息子が通う保育園の運動会でした。生憎 天気がよくなくて隣接する廃校した小学校の体育館で開催となりました。

年少の息子は、元気よく挨拶が出来たなと思いきや準備体操ではテンションが上がりすぎて常時大笑いしながらウロウロしたり、綱引きではハッスルしまくり、かと思えば玉入れではお友だちの事をボーってしながら眺めているだけと情動の激しい感じでした。

まぁ、でも、仕方がないか。僕の子供だし…

年長さんたちのかけっこや組体操なんかを眺めていると息子とたった二才違いにはおもえないくらいしっかりとしています。あと二年でこんなにしっかりしちゃうんだなぁと思うと、いまの息子との時間をもっと大切に過ごさなきゃと思いました。

倒れたお米

 例年よりも少し早い感じで周辺の農家さんが稲刈りを始めました。コンバイン(稲刈りと脱穀と藁の裁断を一時に行える機械)の動き回る音があちらこちらから聞こえてきます。我が家も来週には餅米を刈りたいと思っています。

車で走っていると所々の田んぼで倒伏した稲が目に入ります。倒れた稲を見るとぼくは少し悲しい気持ちになります。

どんな生物でも一緒なのですけれど、生物の生きる最大の目的は子孫を遺す事にあります。(人は違うって意見もあるでしょうが…)単細胞生物だろうが多細胞生物だろうが、魚も虫も獣も草木も、自分の遺伝子を遺す事が生まれてきた最大の意味なのです。それは稲だって野菜だっておなじです。

稲にとって、一番守らなきゃいけない次世代への種 稲穂が倒れてしまう。これって普通の事じゃないですよね。倒れて水に浸けば腐ってしまうし、獣や虫にも食べられやすくなってしまいます。

じゃあ、なんで稲の倒伏した田んぼがあるのか?

人は欲深い生き物です。だから、同じ面積からちょっとでもたくさんのお米を収穫したいと考えます。それでたくさんの肥料を撒きます。たくさんの肥料分を吸った稲は、希望通りグングンと大きくなります。栄養がたっぷりとあるから根っこを伸ばさないままで、グングン大きくなります。

たっぷりと実った重い稲穂。でも、弱い根っこはその重みに堪えきれずに倒れてしまいます。一番大切な稲穂を危険に晒して

倒伏する田んぼは、だいたい毎年おんなじ田んぼ。その田んぼの作り手農家の稲に対する気持ちが透けて見えます。稲は命ではなくお金なんですよね。

そんな事を考えて、ぼくはいつも少し寂しくなってしまいます。

えっ?うちの田んぼは?って

『あんまりたくさんの稲穂はついてません。だから、絶対に、確実に、ほぼ100%でうちのお米は倒伏しません。倒れちゃうくらいお米が採りたいなぁ』とは、思わないですね。ぼちぼちでええんですよ。

都会と自然

 朝晩の気温が一段と下がり肌寒さを感じる今日この頃です。秋冬野菜の播種、植え付けもだいたい終わりました。収穫も一日おきになり、だいぶ日々の生活に余裕がでてきました。25日頃からは稲刈りが始まります。

 

 先日、知り合いのお寺へご飯を貰いに行きました。家族全員で出掛けたかったのですが僕以外は風邪気味だったので一人で行ってきました。何人かの友人達と集まってタコスパーティー。食後、友人の副住職と宗教についての話をしました。

『宗教っていったいなんだ?』そんな根本的な質問から始まり『どうして?真理なのに解釈の違いが生まれ、分派が起き、互いの正統性を巡って争いが起こるのか?』『寺院や教会にランクがあって、宝物や豪奢な衣服で威厳を得ようとするのか?』

そんな話を幾つかしました。納得できそうな答えもあれば、こじつけ、保身的だなぁと思う返答もありました。坊主だって生身のにんげんなのだから日々矛盾と格闘しているのでしょう。

そんな話のなかで『なるほどなぁ』と思った話。

元々、原始宗教はアミニズム(精霊崇拝)からスタートしています。神道(国家神道とは別の)の八百万神などは、草や木や石や虫や獣など、この世のありとあらゆるモノには神が宿っているとする考え方です。

アミニズムには教義がなく、指導者や開祖もいない。狩猟採集民や原始農民などは『日々食べ物を得て生き延びる』事がすべてだったから自然と生が密接に関わっていた。だから自然発生的に『自然を敬う=すべてのモノに神が宿っている』とする考えに至ります。

ところが生命維持以上の食料が手に入り始めると富の貯蓄が起き、自然と切り離された都市に生きる人たちが生まれました。都市に住む人たちには『根本的、経験的な自然への畏怖』がなく、基準とするべき指針がありません。そこで教義と言う形が発生した。と言う話でした。

おもしろいなぁ、と思いました。

いまの世の中は毎日仏壇に手を合わせる事もなく、食事に対して『(命を)いただきます。』と言わなくなったり、生活に根差した宗教感覚が昔に比べてすごく薄くなったように思います。

それで幸せに近づいたのかと言うと『どうなんでしょう?』依るべきモノのない不安感が世の中に充満しているようにも感じます。

まぁ、僕も無宗教に近い人種だと思います。けれど、ひとよりも土をいじっているだけ『そこに神を感じる』事はあります。

なんだか、なにが言いたいのだかよくわからなくなってしまいました。すんません。

終わったり、始まったり

 ここ数日で急激に夏野菜が弱ってきました。例年よりも少し早い気がします。採れ始めも早かったから辻褄は合うのかな?

トマト類は葉っぱが少なくなり色上がりも遅くて割果の割合がすごく多くなりました。ピーマン類は大株になり、かなりたくさんの実をつけているけれど登熟が遅くてちいさいまま種が固くなっています。ナスも実の生育がゆっくりになり、変形果も多くなりました。だんだんと夏野菜も終わりに向けて歩んでいます。

一方でお盆明け播種の葉っぱ野菜がそろそろ収穫開始になりそうです。

季節は移り変わって行きますね。

播種、定植

 午後から雨予報だったので朝イチから秋冬葉っぱ野菜の三発目播種をしました。季節外れの暑さで汗がダラダラ流れます。

昼休みもそこそこに午後からは白菜の定植。育苗に失敗したため、例年よりも10日遅れの定植です。なんか、今年は育苗失敗が多いです。基本的な事こそしっかりやらなくては…しかし、白菜間に合うかなぁ?

なんのかんので日暮れまで雨は降らず1日フル回転で野良仕事していました。疲れた。

山の天気

 お盆以降グズグズした天気が続いています。稲刈りのために落水をして乾かしたい田んぼもビシャビシャです。水持ちして欲しい時期には水が切れ、要らない時期に雨続き。なかなか農業は予定通りには進みません。

風邪で寝込んでいた間にたまった野良仕事を、雨の隙間にやっています。取り敢えず、草刈り。お盆で終わって以降 全然顔を出していなかったとうもろこし畑では、雑草が伸び放題に茂り2㍍くらいになっていました。半日かけてハンマーナイフ(草をバラバラに砕く機械)で散髪しました。

南瓜や枝豆を育てていた畑も雑草がボサボサに繁っています。ハンマーナイフをかけていると霧が…あっという間に視界が50㍍くらいになりました。信濃町の秋によくある天候なのですが、完璧に山の気候ですね。

身体を壊さないようにボチボチやります。

傲慢

 ブログ久しぶりの更新です。

九月に入り朝晩は肌寒さを感じる高原の信濃町です。先月22日頃からひき始めた風邪はしつこく、40℃オーバーを3日。その後も動くと38、9℃あたりをフラフラして、10日近く病人生活を送っていました。昨日辺りからだいぶ回復しましたが、まだ恐る恐る試運転中です。年ですね。昔のように一晩寝たら治る。が、懐かしいです。

病人中は収穫と出荷作業のみだったので畑はだいぶエライコトになっています。無理しない程度にぼちぼちと復帰させていきます。

昨日は二発目の秋冬葉っぱ野菜のはしゅをしました。新しく借りた畑に畝を立てて10種類程度を播種。完全に無肥料なのでちゃんと育ちますかなぁ?

 

 風邪で寝込んでいる最中に二件ほど立て続けに取引先とトラブルがありました。二件共、発注に関しての事だったのですが、こちらの事前アナウンスを無視する形での発注に怒り爆発💣。『何度も同じこと言わせんな💢』と横柄な態度に

爆発後はお互いに気まずい状況に…

風邪で弱っていて、心にまったく余裕がなかったんですね。専業農家三年目になり需要も増え、取引先も増え(その割に儲かってないんですけれどね😓)、慢心しちゃってたんですね。

間違いは誰にでも(僕にだって)あります。簡単に怒らない。丁寧に、誠実に、腰を据えて、うまくいっている時ほど謙虚に、地道に築いていかなきゃダメだなぁと反省しきりです。

 

適期収穫

 三晩寝ても風邪はなかなか良くならない。苦肉の策で解熱剤を飲んだものの普段はほぼ薬を摂らない身体が受け付けないのか、夜中ヌルヌルとした変な汗と悪寒を繰り返す。翌夕、フラフラの身体を引きずって畑へ。成長の速い果菜類を中心に収穫をする。

なんで、こんな体調の時にまで、そこまでして収穫をするのか?不思議ですか?

お金の為?いえ、違います。勿論、ゼロではないけれど、お金の為だけなら心置きなく放置します。

 

果菜類(実の成る野菜)は、未熟な幼果を食べるモノが多いです。成長も早く、収穫適期を逃すと固くなり食べられなく(美味しくなく)なります。

僕は百姓だから人に食べてもらうために野菜の世話をします。そして、野菜たちもひとに食べてもらいたいと思って育っています。

ホントに? お前に野菜の気持ちが判るのか?そう思われるかも知れません。けれど『食べてもらうことが幸せ』は自然界のなかでは、極当たり前のありふれた感情ではないかと、僕は思っています。

野菜達の美味しい瞬間を、できうる限りちゃんとひとの口に届ける事が僕と野菜達との約束なのです。

 

 それから、もひとつ大きな理由が株に大きな実を付けたまま放置してしまうと樹(株)をすごく弱らせてしまうからです。

種を作る。子供を育てる。って、野菜たちにとっても本当にたいへんな事なのです。『子孫を残す』は生命の最重要命題。だから、一番大切な種(果)を育てることに全精力を注いじゃう。実が大きくなればなるほどエネルギーを吸いとられて本体は弱ります。それを防ぐためにも適期の収穫は重要です。

お客さんにとっては、茄子は只の食材です。けれど、僕にとっては、種から一緒に頑張って大きくなってきた子供みたいな関係なのです。ちょっとでも元気に長生きして、自分達が生まれてきた訳『ひとに美味しく食べてもらう』を完遂させてあげたいのです。

だから、ふらふらしながらも収穫をします。

ただ、このままでは僕の方が先に終了してしまいそうな予感もしますが…

はい。ちゃんと寝て 風邪治します。

薬浸け

 水曜の夕方 大雨の下で野菜の収穫。上はカッパを着ていたけれど意味無し。長靴に3㎝くらい水が溜まりました。家に戻って直ぐにお風呂に入る。夜 梱包をしていると頭がグラグラとする感じ…『ヤバい雰囲気だなぁ』と思いつつ就寝。

翌朝も、余り調子は良くない。と、言うか、これから更に酷くなる予感。取り敢えず、決められた配達と発送をふらふらしながら済ませて、布団で横になる。

体温40℃…

関節が痛い。腰が痛い。咳も出るし、熱くて寝ていられない。

夏野菜は毎日収穫してあげないと株が弱る。だから、よっぽどの事がない限りは休まないのだけれど、夕方 早々に収穫を諦める。

夜 4回着替える。でも、すっきりとしてくれない。翌朝 予約分のみを収穫して無理矢理に出荷。休むけれど、熱くて眠れない。相変わらずの40℃超え❗

夕方、明日から週末なので不本意ながら病院に行くことにした。一時間ほど問診をされたりレントゲンを撮られたり。『眠れないので解熱剤を下さい。夜にしっかりと眠れたら回復すると思います。』僕の希望は届いたのか?どうなのか?

病院から出て、向かいの薬局に行く。

座敷でひっくり返っていると薬剤師さんが薬を持って来ました。…えっ❗7種類もあります‼️ 鈴木人生史上、過去最高の種類です。

内訳は、

1、解熱剤

2、胃腸薬

3、抗生物質

4、促痰、促膿剤

5、抗炎症剤

6、うがい薬

7、抑アレルギー剤

8、鎮咳剤

あっ、8種類だったわ。

風邪に抗生物質って効くのか?抑アレルギー剤ってなんだ?問診表にアレルギーないですって、書いたけどな。あれか?薬 大量だから保険のために付けてくれてるのか?

なんか、そら恐ろしい気持ちになりました。ただの風邪だよ。普通は、寝ておけば治るよ。僕だって、仕事がなければずっと寝てるよ。これだけたくさんの薬を貰った方が患者は安心するのですか?なんだ、ジャブ中毒と変わらんね。薬漬け。

虫食い一つ許さない。病斑一つ許さない。農薬まみれでキレイキレイな野菜が大好きな国民性がよーくわかります。正邪、善悪は陰陽です。良いことだけ、なんてないよ。

たぶん、あれだ。抗薬ウイルスのパンデミックとか日本発祥になるな。分母が不必要に多すぎるもの。自然はうまく出来ているからね。

解熱剤と胃腸薬だけ、いただきます。

散髪

 お盆を過ぎれば秋です。信濃町も朝晩は肌寒いほどになってきました。一発目のいんげんやきゅうりも立ち枯れて、季節の移ろいを感じます。

秋作の準備を播種から逆算して進めています。例年は25日前後に葉物一発目を種下ろしするのですが、今年は冬の訪れが早そうな気配。数日 早めに蒔きたいと思っています。たった数日のズレですが秋の種まきは一日遅れると収穫が一週間遅くなると言われるくらいにシビアです。特に、高原の信濃町では遊びがありません。

ボサボサに雑草が生い茂った通路にハンマーナイフ(草をバラバラに砕く機械)をかけました。散髪した後のように、スッキリしました。