百姓日記


芋掘り

 今朝の体温38.2℃。

結構な熱なのですが、百姓鈴木の平熱が元々37℃なので微熱といったところです。が、なんか調子悪いです。基礎体温が高いと風邪をひきにくいと言われているのですが確かにココ10年ばかりはほぼ風邪をひいたことがありませんでした。ところが、春に親知らずを抜いてからやたらと風邪をひいています。

鍼灸師の奥さん曰く『歯を抜く事は身体に相当な負担がかかるからね。』との事。若くもないので、そろそろ身体のケアもしないとダメですね。百姓は身体が資本ですから。

 

 そんな低空飛行な体調でしたが今日はさつまいもを掘りました。少し前からそろそろだな、って思っていたのですがなかなか他の仕事で手が回らず今日になりました。週明けの最低気温が五度らしいので寒害にやられる前に頑張りました。

収穫量はそこそこ。例年多い鼠による食害が少なくて良かったです。

2週間くらい追熟させてからお客さんの元へ届けます。

点と線

 先日 隣町にある古民家カフェへ ドキュメント映画を観に行ってきました。映画はインドで種子バンクをされている方を中心にしたお話で、内容は普段じぶんが畑で考えている事の追加確認のようなかんじでした。

『生命の根本である種子を独占したい企業の危険性』と『生命の多様性が如何に大切であるか!』と言った事が主題でした。

映画もおもしろかったのですが、それよりも映画を観に来られた方達との交流がよかったです。こんな狭い範囲だけでもじぶんが知り合えていなかっただけでたくさんの(家庭、専業問わず)有機、自然栽培農家が居られることに可能性を強く感じました。

おもしろいひとは実はあちらこちらにたくさんいて、この点と点をうまく線に繋げる事ができたなら、なにかトンデモナイ事ができるのではないだろうか?と改めて感じました。

 

 畑では少しづつ冬への準備を始めています。ハンマーナイフで草花を砕いた畑は、おおよそ畑には見えない牧草地か草原のようになっています。多様性のある土を育土していきたいものです。

 

 

もち米籾摺り

 専業農家に倉庫は必須です。資材に備品、機械など置き場はどれだけあっても足りません。ココいらの昔からあるお宅は兼業農家さんでも家よりも大きい倉庫があるのが当たり前です。

しかし、零細新規農家の我が家にはマトモな倉庫がありません。車庫を無理やり改造して倉庫代わりにしています。昨年までは荷造りする場所もなく母屋の一部屋で生活用品に囲まれながら酷く効率の悪い出荷作業をしていました。

昨年、小さいながらも家に隣接した4坪くらいの作業小屋を自力で建てて、今はそこで荷造りをしています。

今日は先日脱穀したもち米の籾摺りをしました。

これがまたえらく大変な作業!小屋の荷物を全部一度外にだして、ダンボールや包装資材に埋もれていた籾摺り機を引っ張り出してコンプレッサーで隅々まで掃除。

これだけで午前中が潰れました。

午後から籾摺り(籾と玄米に分ける事)をしながら選別機(玄米のなかにあるクズ米を選り分ける機械)を操作し、米袋に定量詰めて封を縛り、併せて排出籾の手入れ。

一分の隙もなく立ち回り3時間強くらいで終了!

小屋と機械を掃除してから、外に出した荷物をきれいに戻す。あー、手間だ!その甲斐もあり小屋はきれいになりましたが…

もち米は330kgくらい。反収穫量は6.5俵くらいでした。悪くない。あとはコレをきちんと売るだけです。

収穫タイミング

 朝の荷造り梱包と発送、ペンションへの配達を済ませてから長野市のスーパー内の直売所へ野菜を届ける。家に帰ってきたのが10時前。ご飯を食べながらスマホにて天気予報を確認。どうも午後から雨が降るようだ。少し悩んでから午前中のウチに明日発注分の野菜を収穫する事にしました。

野菜にはそれぞれ収穫に適した時間帯があります。特にわかり易いのはとうもろこしや枝豆。これらは夜の間に養分を糖にして溜めるので、朝一番の収穫が美味しいです。一方、トマトなどは日中に水分が蒸発した方が味が濃縮するので夕方採りが好ましいです。

一番ダメなのは太陽の照りつける真っ昼間の収穫。野菜自体が萎びて美味しさ以前に見た目が全然ダメです。りんもく舎では、この時期は殆どの野菜を夕方 陽が傾いてから収穫しています。翌朝の出荷になるので、できるだけ鮮度の良い状態でお届けしたいからです。

ただ、これは通常の天気の日のお話。雨が降るのが確実な日はトットと収穫をしてしまいます。理由は、水滴のついた野菜の後処理がめちゃたいへんだからです。コンテナに入れて扇風機を当てて、なんとか少しでも乾かそうとしますが、葉っぱの隙間に入った水はなかなかなくなりません。

そのまま袋詰をしてしまうと結露で見た目が悪くなる上、鮮度低下も早くなります。

ホント、農業はタイミングの仕事だなぁと思います。

 

羊の群れ

 その昔 “馬を駆って旅をしよう”と思いモンゴルの遊牧民のゲルに二週間くらいお世話になった事があります。(“現地の人と仲良くなって馬を手に入れよう”作戦の一環でした。結局 その年は干ばつが酷く、馬に食べさせる草がないよ。と言われて馬での旅は諦めました。)

昼間は暇だったので(まあ、一日中なんですけど…)よく遊牧民の子供たちと一緒にひつじの放牧にでかけました。数百頭はいるひつじのなかに一頭だけオスのヤギが混じっていたので『なんで一匹だけヤギがいるの?』とアイガ=8歳女の子に聞くと『ひつじを操り易いから』みたいな返答。(いや、モンゴル語全然できてないのでたぶんなんですけれどね。でも、言葉は通じなくても その時はたいていわかりあってた気がします。旅の底力です。)

 

 ひつじという家畜は主体性がない動物で、群れの中にリーダー的な存在もいないらしいです。だから群れは意思も意思決定力も持たず、まとまってあちへふらふらこっちへふらふら、ただ前の奴のお尻についていくだけなんです。たとえ、おおかみに襲われてもどうしてよいかわからずオロオロしながら食べられちゃうらしいです。

足元に餌(草)さえあればそれで幸せ。なにも考えない。ただ前のお尻について行くだけ。群れがどこに向かっているかも考えない。ついていくだけ。

一方 ヤギ(特にオスのリーダー)は気が強く、独立心も強い。だから、ひつじの群れに一頭のヤギを入れて彼をリーダーにして、群れ全体を制御するらしいです。ひつじはヤギのお尻について行くだけだからヤギさえ制御しておけば良いと言う事ですね。

 

この話を聞いた時 だからキリスト教では『迷える子羊』って言うのか。と、合点がいきました。

 

近頃 日本人はひつじなんだな と思うようになりました。餌さえ食べていられたら幸せ。なにも考えない。前の人のお尻について行けばいいだけ。それで安心。群れがどこに向かっているのかも知らない。群れからはぐれさえしなければ大丈夫。リーダーが誰かも知らないしなにも考えない。

じぶんの頭で考える事を放棄してしまった家畜みたいな民族。

 

キリスト教ではヤギは悪魔の化身です。

家畜を先導するヤギなど居てもらっては困るのでしょう。

なにも考えないひつじでいてくれないと(誰かが)こまるのでしょうね。

もち米脱穀

 午後から天気が崩れる予報だったので朝露がなくなってからもち米の脱穀をしました。本当はもう少し天日に干して乾かしたかったのですが今後の天気な読みにくく、とりあえずもち米だけは早めに安全策をとりました。

たいへんで人手が要る稲刈りに比べて、脱穀は一人作業でもそんなに苦にはなりません。午前中一杯かけて8畆分の脱穀を済ませました。

反収は大体6.5〜7俵くらい。

ここら辺の慣行栽培の反収が7〜8俵くらいなので肥料をまったく使っていない自然栽培にしてはまずまずの収穫量でした。

収穫量と農薬の使用には相互関係があって、安易に収穫量を増やそうとすれば農薬が必要になってきます。(ここら辺の理屈は農家さんでも理解されていない方が多いです。農薬を使う事が前提の農業をしているので考えなくてもいいのですね。たぶん。)

簡単に言えば 農産物は、地力と太陽光の合作品です。

だから、その土地から得られる根本の生産量は大体決まっています。

でも、人は欲深な生き物なので『もっとたくさん!』と肥料を与えては、野菜やお米の増収をはかります。野菜やお米に無理をさせて増産すれば、根っこと身体のバランスは崩れてしまいます。必然 病気や虫に弱くなります。それを抑える為に農薬が必要になってしまいます。

天から与えられた分以上を欲しがらない。そうするだけで農薬の使用はずいぶんと抑える事が出来るはずなのです。

 

 でもね。ぼくだって出来れば収穫量は増やしたいです。でも、そこで安直に肥料を使う事はしません。その代わりに土の力(地力)を高める事に注力します。土壌の微生物を増やし活性化させる。有機物還元力を伸ばす。二年稲作したら一年は大豆を育てて、乾土効果を狙ったり好気性細菌を増やしたりする。また、自家採取をして、ウチの田んぼや畑に合ったお米や野菜を作ったりもします。(途中)

そして、一番大事な事は『そんなに欲しがらない。』に限ります。ぼちぼち採れたらええねん。そいで、この先もぼちぼち採り続けられたらええねん。(自然栽培は循環する事が目的なのです。)

そんな気持ちで農家をやっています。

そうすると、やっぱり儲かりはしませんな。

 

稲刈り終了!

 9月23日から始めていた稲刈りが今日やっと終了しました!疲れた。そして頑張った俺!

我が家では稲は全量ハザかけにしています。『ハザかけ』と言うのは刈った稲を天日で干して自然乾燥させる昔ながらのやり方になります。

いまは自家用に小規模で稲作されている農家以外は殆どがコンバインで収穫して乾燥機で乾燥させています。理由は単純で『その方が遥かに楽』だからです。

一反(30m☓30m)の田んぼをコンバインで収穫すればだいたい1〜2時間(機械のサイズによります。)で籾の収穫から藁の裁断まで一発で終わります。収穫した籾は乾燥機に入れて強制的に乾かします。

一方、我が家では1条刈のバインダー(稲を刈って束ねてくれる機械)で丸一日かけて刈り。稲束は一束づつ集めてハザかけ棒に掛けて天日で2〜3週間干します。

それをハーベスター(稲穂から籾を取りだす機械)にかけて(半日作業)最後に藁カッター(藁を細かくカットする機械)で裁断して終了。

単純に労力だけを考えると30倍くらいの手間がかかります。

ならば、どうしてコンバインを導入しないのかと言うと。これまた単純で『そんな金ねぇよ💢』になります。そこそこのサイズのコンバインなら新車で数百万!&乾燥するための施設が要ります。

そんなお金も土地も零細農家のウチにはありません!それと、これは負け惜しみも混じってるのですけれど『自然と共生したくて農家しているのに投資を増やして利益を上げる』って考え方がぼくには馴染まないのですよね。

投資が増えれば元を取るために作付面積を増やさなきゃいけない。そんな単純なものじゃないのかもしれないけれど、面積を増やして薄利多売に走れば『心が置き去りになる』のではないかな?って、ぼくは思います。(負け惜しみですけど…)

だから、我が家は人力除草できる面積。ハザかけでやれる分だけでいいんですよ。

それに天日で干したお米はちゃんと太陽の香りがします!それは機械乾燥にはない自然の匂いです。

 

カメムシと大雪

 台風が日本海を北上し南の暖かい空気を引き連れてきて今日は暑い一日でした。秋冬野菜はここ数日の好天に恵まれてググっと大きくなってきました。これで遅れが取り戻せるといいのですが…

畑に定植した白菜の周りには柔らかそうな秋の草が生い茂っています。秋冬の雑草は余り背丈がおおきくならず野菜の生育を阻害しません。むしろ虫や菌の住処として心地よい空間を作ってくれています。雑草の種類は畑の肥沃度や環境の良さを測る目安にもなります。やわらかい草は良い状態の土に生え、かたそうな草はあまり良くない状態の土で繁茂します。

何か所かあるりんもく畑のなかでも自然栽培の年月が長い場所ほど良い草が生い茂っているので、ぼくの目指している方向がそんなには間違えていないのかな?と安心する材料になっています。(いや、全然未熟者なんですけどね。)

農業は打ちのめされる事ばかりなので悪い面は見て見ぬふりをして、良く出来た部分に心癒される事が必要です。じゃなきゃ心が折れてしまいます。

 

この秋は家の周囲(室内にも)にやたらとハチとカメムシがいます!いや、ちょっと引くレベルの多さです。カメムシの多い年は豪雪と昔から言われているので、今冬は大雪になるのでしょうか?

まあ、なんにせよ極端な気候の冬になる予感はあります。

土の匂い

 りんもく舎の畑は雑草がたくさん生えています。と、言うか雑草のなかで野菜が育っています。草取りが面倒だからとかそう言う理由ではなくて、僕の理想とする畑の究極が野原だからです。

野菜のこぼれ種が自然発芽してモサモサと茂り、雑草が表土を覆いつくしていて初めてウチの畑を見た方にはどれが育てている野菜だかわからないとよく言われます。変な畑。

でもね。ぼくの方からすると雑草一本生えていなくて、整然と野菜だけが並ぶ畑の方が奇妙に不自然に見えます。

その土地に住む生命の総量と種類の多さが良い畑の証だとぼくは考えています。雑草は虫や菌の住処になり、深く張った根っこは土を耕し、枝葉や根は朽ちて堆肥になります。

肥料は殆ど与えていないので野菜の初期生育はとても遅いです。その代わり栄養を求めて深く張った根っこは病気や虫に対して強くなり、他の畑が終わってしまった後も細く長く収穫を続ける事ができます。

敷草の下は少し湿り気があり団粒状が発達してふかふかとしています。土を掬って鼻に近づけると少しツンとしたような良い土の匂いがします。

ぼくの畑で育つ野菜は結構しあわせなんじゃないかなぁ?と、しあわせな頭で僕は考えています。

今年の夏は暑かったから南方系野菜の里芋も大きく育っています。

 

自然の力、種の力

 天気の合間を縫って稲刈りを続けています。あと一日半くらいでしょうか?疲れますがヤレバ進みます。

稲刈りと同時進行で野菜の出荷も続いています。夏野菜がだいぶヘバッてきて、秋冬野菜が足踏みしていて収穫量は微妙です。注文に応えきれるかハラハラドキドキの毎日です。去年は秋冬野菜が採れ過ぎてバタバタアタフタの日々だったので本当に農業はうまくいきませんね。(私の腕が未熟なせいでもありますが…)

畑のあちこちで野菜のこぼれ種が自然発芽しています。淡い色合いで優しい立ち姿。本当にキレイだなぁと思います。人の作為のない自然発芽特有の凛々しさがあります。

どんなに足掻いても農家は自然には勝てませんね。

見開きは大根とエンドウの自然発芽

(ズッキーニ)

(寒焼けしたきゅうり)

(もっさりトマト)

ねっ。キレイでしょ。

3/5

 朝から良い天気!出荷と配達を済ませてから田んぼへ下見。昨日 排水作業をしたものの、まだまだ水が残った状態。稲刈りには厳しい状況です。が、今後の天候への不安と早く稲刈りを済ませてしまいたい気持ちから無理くり稲刈りをする事にしました。

義父母も手伝いに来てくれて秋晴れの空の下 せっせと稲刈り。泥濘む田に苦労させられましたが、なんとか終了!本当、足場が悪いだけで5倍は疲れます。それに折角育てた稲穂が泥まみれになるのが悲しい。

まぁ、こればっかりは自然相手の事ですからね。なんとか稲刈り3/5終了しました。あと一枚。明日どれくらいできるかなぁ。

 

なにを食べてる?

 台風一過で朝から久々に青空がのぞいています。寝床に入る(8時過ぎ)まで雨風共になく『本当に台風来るのか?』と思っていましたが、朝起きると既に過ぎ去った後でした。

やりかけになっている稲刈りの続きをしたかったのですが水田には水がしっかりと溜まっていて今日は無理そう。明日はどうかな?取り敢えず細々とした作業の一日でした。

 

三才になる上の息子は近頃『恐竜』が大好き!あれ、なんで子供は恐竜好きなんですかね?周りの同年代の男の子も皆恐竜大好き。僕もチビスケの頃は好きだったんですかね?記憶にありませんが…

で、近頃僕にしてくる質問は『この子は、なに食べるの?』です。つまり、肉食か草食かがとても気になるらしいです。肉食と聞くと少し怖い顔をして『人食べる?』と聞いてきます。

『狐は肉食だよ。』『ひと食べる?』『ペンギンも肉食だよ。』『ひと食べる?』こんな感じ。

で、なんで『草じゃなくて肉を食べるの?』と

僕ら夫婦は子供の質問には極力キチンと応えたいと考えています。でも、子供が理解できる語彙のなかで説明するのはとても難しい。(どこの親もおなじ経験をされていると思います。)

『草を食べるよりも肉を食べる方が手っ取り早くたくさんの栄養を得られるからだよ。』

息子。『?』な顔。

『ライオンは強いの?』

『そーだね。ライオンとシマウマが喧嘩したらライオンの方が強いよ。でもね。お父ちゃん昔ライオンの居る国に行ったんだ。そこではライオンの1000倍くらいのシマウマが居たんだよ。』『シマウマを食べちゃうライオンはシマウマよりも強いけれど、ライオンの1000倍もいるシマウマの方がライオンよりも繁栄してるよね。』『そう考えたらシマウマの方がライオンよりも強いのかもね。』

 

畑や田んぼには野菜やお米の生育を邪魔する害虫がたくさんいます。じゃあ、その害虫をすべて駆除したとしたら。その分のナニカが歪んでしまうと僕は思っています。きっと本当の自然は食ったり食われたり、邪魔したり助け合ったり、複雑に密接に、絡み合って成り立っています。強いとか弱いとかはある一側面であって、本当はそんなものはないのではないかなぁと百姓鈴木は考えています。

息子が大きくなった時、自分の目でライオンとシマウマを観に行って自分の頭と感覚で理解できるようになってくれたらなぁ。と親バカは考えております。

 

既得権益、村社会

 火曜日に雨の合間をぬってなんとかもち米の稲刈りをしました。で、その後の数日はグテグデの天気。ふぅー。

この春から兵庫に本社がある自然農の野菜卸『ビオアグリ』さんにお世話になっています。量のある野菜は兵庫へ。細々とした野菜は東京の店舗へお届けしています。

なにぶん、小規模農家なので注文対応に難がありますがずいぶんと助かっています。東京の店舗は『青山ファーマーズマーケット』にも出店されているので、東京の方は是非お越しください。

 

話変わって、先日ネットニュースで『現代の村八分』について取り上げられていました。たまたまニュースになっただけで都会からのIターン者が地域社会から村八分になる事は普通にあります。

だいたいのパターンは、都会人の思考で至極マトモな正論を述べて地域の権力者の怒りを買い、そのままこじれにこじれて知らない間に村八分になっているパターンです。

こう言う事を余り言いたくはないのですが田舎の人は都会にコンプレックスを持っています。だから、例え理路整然とした正論であっても地域の慣習や因習に逆らい地域の権力者の逆鱗に触れると徹底的にしかも陰湿にやり返されます。地域内では昔からの力関係もあり誰も余所から来た人の味方にはなってくれません。

それが村社会ですし利益共同体なんです。

で、昨日これまたネットニュースにて『貴乃花親方退職』の報道を見ました。あんまり詳しくは知らないのですけれど、これまでの報道の経緯を観ていたら『既得権益に手を突っ込んだ正論の貴乃花』を既得権を守りたい勢力が全力で排除した。そんな所でしょうか?

協会とズブズブのマスコミも貴乃花親方を面白可笑しく笑い者、変人に仕立て上げています。正論が通らない村社会です。

相撲協会程度の規模の小さな既得権ですらこれ程の抵抗があります。もっともっと規模の大きな原発利権や医療利権はどれ程の巨大な抵抗があるやら簡単に想像がつきます。

既得権側に飼い馴らされているマスコミを市井の人達が主な情報源にしている以上、この国が良い方向へと進むようには思えません。

こんな小さな村のなかですら正論を吐けない僕もそんな村社会の一員だと思うと情けなくなります。

お祭り

 秋分を挟んだ三連休は地区の秋祭りでした。僕の住んでいる地区は獅子舞が盛んで神社毎に獅子舞が行われています。と言っても過疎、高齢化の波には抗えず、年々実施が厳しくなっている現状があります。

ココに越してきて直に獅子舞の役者に誘われました(半強制)。舞子か太鼓か笛かの三択です。よくわからないままに『太鼓』を選びました。

お祭りの10日前から夜に集会所に集まって1時間半ほど練習。正直、そんな事に時間を費やする暇などないのですが、一番の新人(半人前)と言う事もあり極力参加しています。

神社の氏子になると年に数回の奉仕作業、それから神社の維持管理経費を年間一万五千円ほど負担して、春夏秋の祭りの準備&獅子舞稽古。

正直、氏子になった事を後悔しています。(村に溶け込みたい一心でした。)村の戸数と高齢化を見れば今後益々負担が大きくなる事は目に見えていますし…

ホント、なんとかなんないですかね?泥舟に乗っている気分です。

金曜の夜に足揃え(予行練習)が終わってから野菜の梱包を済ませて床に入ったのは一時過ぎ。朝五時に起きて旗立て、息子の保育園の運動会に行き、家に帰って夕方まで昼寝。五時から祭りに参加して夜中に帰宅。翌日も祭り&片付け&飲み会があったのですが『もうええわ!』と家族で海に遊びに行きました。

久々にと父ちゃんとまる一日遊べて上の息子は楽しそうでした。

気候変動

 朝夕肌寒く日中も20℃そこそこの気温が続いています。播種、定植の遅れた秋冬野菜の成長が気になるところです。数日カラリと晴れてくれればだいぶ違うのですけど…

どないでしょ。

グズっとした天気で家でウダウダと事務仕事をしていたら下から突き上げるような揺れ。直下型地震ぽいなと思っていたら、もろ震源地でした。震度3。

 

大きな台風や地震がある度にネットの掲示板なんかで『災害大国日本』『住みにくい国』みたいな論調をみかけます。

本当にそうなんかな?

雨が降ることで草木は生い茂ります。豊かな雨があったからこそこの国は昔から世界有数の人口密度を誇っていました。それだけの人を養える自然環境があったんです。

地震はもう仕方がない。日本って国自体がプレート同士がぶつかっで出来た土地ですから地図をみたら一目瞭然です。

そんな地震でワヤになる事を繰り返していたからこそこの国の国民性は堅実で勤勉になったのだと思いますし、正邪は隣り合わせなんだと思います。

気候変動に関しては、そりゃもうしょうがないなと諦観しています。もっとも人為的原因説については、正直うがった目で見てはいますが、だって二酸化炭素排出が本気で原因だと憂慮しているなら対策は簡単。『不景気』になれば良いだけですもん。

経済活動=二酸化炭素排出量増加ですもんね。

二酸化炭素を抑えたいなら化石燃料の採掘量を抑制すれば良いだけなのに、逆に在りもしない二酸化炭素排出権とかエコカー減税とか省エネを売り文句にバンバン商売して経済活動を活性化してるんですもん。

気候変動って文句は下々の愚民を洗脳するツールになってる気がします。

だいたい正邪、善悪、便利と危険は背中合わせなんですから、好き勝手やってきたツケを払わされるのは仕方がないですよ。

バブルで踊ったツケをいまだ払い続けているのにナゼ?それがわからないのですかね?

台風や地震で落とす命よりも権力者の横暴で落とす命のがよっぽど多くて、よっぽど下々の僕たちで防げる事のハズなのに…なんか、おかしな世の中ですよね。

 

自然発芽

 秋作の播種と定植が終わりました。夏の片付けと間引き&収穫、出荷の毎日です。端境期(夏野菜と秋冬野菜の間の時期)になりピーク時よりはだいぶ仕事に余裕があります。

来週くらいには早生のモチ米の稲刈りをしたいのですが、雨続きなのでどうなることやら?

夏作のきゅうりを刈り倒した畝に白菜を定植したのですが、きゅうりのこぼれ種が自然発芽していました。

びっしりときゅうりの芽が生えています。そのうち霜にやられて枯れてしまうのですが…きゅうりやトマト、枝豆なんかはよく自然発芽します。

自分の力で勝手に生えてきた芽は力強く美しいです。

自然の造形美

 近頃 雨でグズグズです。気温も低くて果菜類の生育が足踏みしています。毎日収穫していたのが一日置きになり、二日置きになり…

ありがたい事にたくさんの注文をもらい対応仕切れない状況が続いています。なんとか全量応えたいのですがこればっかりは自然のモノですから…

収穫量は減ってしまったもののナスの立ち姿が美しいです!枝ぶりとか葉っぱの展開の仕方とか。キレイだなぁとウットリして『あんた美人だねぇ』とナスに声をかけています。

ナスも満更ではなさそうです。

かわいいなぁ。

直播き白菜もきれいだよ。

テレビとか新聞とか

 延び延びになっていた秋冬野菜の定植&播種がだいたい終わりました。ちゃんと育ってくれるかなぁ?

 

我が家にはテレビがありません。正確に書くとテレビはありますがアンテナと繋がっていません。映画は観れます。で、新聞も取っていません。『それで日々の情報はどうして手に入れるの?』と時々聞かれますが、今のご時世ネットで知りたい情報は十分に得られます。

そこで気になった事は図書館で関連本を借りて理解できるように読み下します。

10年以上テレビなし生活をしていますが特に不便に思った事はないです。むしろ、昔はよくテレビを観ている暇があったな!と不思議になります。いまはどこをどう見回してもそんな余裕はありません。

台風や地震の被災状況とか全然知らなくて(映像として見ていないから実感が薄い)銭湯や奥さんの実家でテレビを観て規模の大きさにビックリしたりします。

でも、特段不便ではありません。

だいたいテレビでやっている事は不幸の周知と欲の刺激と思考のマヒ。そんくらいしかないですからね。

他者の人生をのぞき見する暇があるなら、じぶんの人生に集中したいと思います。

テレビのなかには本物の人生はないと思うのですけど、どうでしょう?

 

タイミング

 長く続いた雨なし旱魃がやっと終わったと思いきや今度はグズグズの天気です。本当にお天道様は思い通りになりません。農業だなぁ。

雨や曇天が続き種まきに良いタイミングがずっとなくて秋野菜の播種や定植が予定通り進みません。秋冬の野菜は播種が一日遅れると収穫が一週間延びると言われるほどシビアです。高原の信濃町では特に!です。

そんな中、九月頭に播種した大根が発芽し双葉を展開しています。しっかり丈夫に育って欲しいものです。

今年は夏の気温が高かったので、そろそろ稲刈りの準備を始めたいところです。

台風去って

 日曜。久々に休みをとって子供達を連れて上越にある水族館に行ってきました。生後二ヶ月の次男は初のお出かけです。

リニューアルオープンした上越水族館『うみがたり』はスゴイ混みようで全然ゆっくり見れず。次男は諦めて奥さんの胸でずっと寝ていました。

イルカショーを観て、館内をまわる。

長男が一番興奮していたのはタイドプールを模した池での水遊びと鯉の餌やり…まぁ、そんなもんだ。

遠くに出かけるより水浸し、泥んこになって遊ぶほうが楽しいよねー。